お祈りメール



 まだ着られてる感の拭えないスーツを身に纏い、雄太はテーブルに項垂れるように突っ伏した。

「あぁあ。見てくれよ、またお祈り来た」

 そういって差し出された携帯の画面には、ご希望に沿えない旨のメール本文が貴方の今後のご健勝をお祈りしますという言葉で締めくくられて表示されていた。企業からの不採用メール、所謂お祈りメールだ。

「あと何社受けてんの?」

「んーと、5社結果待ちで明日2社受けてくる。宗吾は?」

「似たようなもん」

 だよなぁ、と苦笑する雄太は大きく息を吐くとまた項垂れるようにテーブルに突っ伏した。そうして暫く唸った後「そう言えば」と呟いて、ゆっくりと顔を上げた。

「大智がこんなメール送られてきたって俺に送ってきたんだけど」

 先程と同じ様に差し出された携帯の画面にはお祈りメールというタイトルで、長々と書かれた文章が来世でのご健勝をお祈り致しますと締めくくられたメールの写真が表示されていた。

 意味が分からず首をひねる。

「……いたづら? そんなん無視だろ」

 雄太は「だよな」といって小さく苦笑いをした。

「で、大智はなんだって?」

「………死んだ」

 その言葉にキョトンとする。

 は?

 思考を巡らし、あぁ、なんだ冗談か、と思う。

「……あぁ、そういう揶揄」

「いや、このメッセ送ってきてから暫くして亡くなった」

「雄太、マジそういうのやめろよ」

「俺だって、冗談だと思ったよ!」

 少しだけ語気を荒げた雄太は、自分の声にハッとしたように目を泳がせると、「この前、通夜にもいってきた」と消え入りそうな声で続けた。

「ちょ、待てよ。俺そんなん聞いてないぞ」

「アイツのところの親御さんが友達は皆就活生だからって気を遣ってくれてさ。俺はたまたまアイツんちに用があって偶然……」

「そんな……」

「葬儀も近親だけでやって。俺みたいな偶々知った奴はどうにか通夜だけは参加させてもらえたけど、宗吾になんていっていいかわかんなくて、……ごめん」

 そうして視線を落とす雄太に何も言えなくなる。───アイツが死んだ?

 大智との想い出が頭を巡る。一緒に馬鹿をやって笑い合ったアイツの顔が脳裏に浮かぶだけで、実感が全然わかない。冗談だったと、ドッキリだったと大智が突然物陰から現れるような気がして辺りを見回してみる。何所にもそんな影はない。もう1度、雄太の項垂れる姿を見て、あぁ、本当にアイツは死んだんだなとすとんと胸の中に言葉が落ちた。

 暫く流れた沈黙の後、雄太が「そこでさ、変な話聞いたんだ」とボソリと呟いた。

 通夜には雄太同様偶々大智の家を訪れた人たちも参列していたらしい。運よく、といっていいのだろうか、このタイミングだったからこそ大智の通夜に参列できたわけだ。こんなタイミングでどうしてこの家を訪ねたのか、気になった雄太は、面識はないその人たちに思い切って声をかけてみたらしい。

「話聞いてみたらさ、その人自身は大智と面識はなかったらしいけど友達何人かが大智と仲が良かったみたいで。その友達たちが最近立て続けに亡くなったんだって。病死だったらしいけど、前日まで皆ぴんぴんしてたし、病気なんて縁遠い友達だったからその人どうも納得いかなかったらしくて。その亡くなった人たち共通して死ぬ数日前変なメールが届いたって大智にメールを見せられたっていってたらしい。だから、ふと詳しい話を聞こうと思い至ってその日大智の家を訪ねてきたんだって」

「そうか……。もしかしたらその人の友達が大智の通夜に代わりに出てほしくてこのタイミングで呼んだのかもしれないな」

「かもな。……でさ、俺それ聞いてふと思ったんだよ」

 ───何でアイツ、俺にメッセ送ってきたんだろうって。

 雄太の声が低く響いた。

「偶々変なメール来たってことでギャグとして送ってきただけかもしれない。でも俺もその人の話聞いて何処か腑に落ちないところがあってさ。そこで、2つ、仮説を立ててみた。1つ目、アイツは神になった。お祈りメール貰い過ぎて神になるとか、自虐的に言うじゃん。でもアレ、ガチなんじゃねーのかなって。アイツ、俺なんかよりもずっと就活頑張ってて、でも上手くいってなかったみたいで、お祈りメールたくさん来てて相当参ってたのも知ってる。たくさん貰い過ぎた大智はとうとうほんとに神になった。だから手に入れたその力を使ってこのメールを媒体にして色んな奴に見せて殺してた。アイツ自身が今回死んだのは誤算だったのかもしれないけど……」

「……いや、なにその妄想。支離滅裂というか、中二設定が過ぎてるぞ」

 不謹慎だぞ、と諭すように告げると、雄太はまぁまぁとりあえずもう1つも聞いてくれよと苦笑しながら続けた。

「もう1つは寂しいから。どうして死ぬのかって考えたとき、このメールが答えなのかなって思うんだ。例えばこのメールを見ることで死が確定する。だとしたら、どうにも逃げられない。そんな唐突にこんなメール送られてきて、読んだんだからじゃあはい死んで、なんて受け入れられないじゃん。1人だけ死ぬなんて寂しいじゃん。同じ時に死ねなくてもどうせなら1人じゃなく誰かと一緒にいたい。だから、ま、道連れ、的な」

 そこまでいうと雄太はこちらを見つめた。

 感想を求められているのだろうか。いやいや、溜息が漏れる。くだらない与太話だ。そう思うのに、何処かうすら寒さを感じてしまう自分がいる。

「ごめんな。俺は1人で死ぬのはやっぱ淋しいんだわ」

 そう告げた雄太は、怪しく笑った。


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