覗き



 入り口付近の天井からピシッと音がする。あぁ、また家鳴りだ。

 いくらリフォームされてて内装が綺麗になってるとはいえ築何十年と経っている建物だ。見た目ほど丈夫でもないのかもしれない。都内から少し外れているとはいえ、それでも7畳で風呂トイレ別の物件が5万を切っているのは結構おいしい条件だった。コンビニやスーパーも少し歩けば点在している。駅からもいうほど離れていない中々便利な立地だ。家鳴りの1つや2つまぁ大したこともない。

 と思っていたが、最近やけに家鳴りが多い気がする。

 ここに引っ越してきてもう1年くらいだろうか。実家にいたころは家鳴りなんてよくあることだったし初めはこんなものだろうと気にもしていなかったが、どうやら全体的に壁が薄いのか脇の道路を車が通るだけで揺れているような気さえる。築結構経ってるなら倒壊の可能性だってあるかもしれない。そう考えると、最近部屋のそこかしこから聞こえてくる家鳴りがどうにも不安を掻き立ててくる。

「そろそろ引っ越しも考えた方がいいのか……?」

 ここに住んでもう1年。いや、まだ1年。家賃は安いし、立地は便利だし、そう考えると「いつ壊れるかわからない」なんていう妄想で引っ越すよりも「いつかは壊れる」ってまだ呑気に構えていてもいい気がする。

 ま、そのうちちゃんと考えるか。

 今日も仕事に精を出してきた身としては何よりも休息が必要だ。

 真っ暗な部屋でベットに横たわる。深く布団に潜り込み暖をとる。時折あちこちから家鳴りが聞こえるがまぁいつものことだと意識を深く沈めていく。微睡みの中あと少しで眠りにつく、意識を飛ばしかけたとき、コン……と音が聞こえた。

 ……コン。

 家鳴りとはまた違う、そう、いうなれば窓に何かが触れて、ガラスが枠にぶつかり揺れて出た音のような、そんな音だった。風でも吹いているのかとも思ったが、そういう感じとも違うようだ。どちらかといえば、小石をぶつけたような、控えめにノックをするような、そんな音だった。

 こんな夜更けにそんなことする奴いるか?

 きっとたまたま何かの音がそう聞こえるんだろう。何はともあれ無視を決め込むに越したことはない。そう思って更に深く布団を被る。

 ……コン。

 コン。

 布団に潜ったまま不規則に聞こえるその音の出どころを無意識に探る。やはり窓の方から聞こえているように思う。

 無視を決め込むつもりでいたが、苛立ちが募る一方でこのままでは寝付ける気もしない。

 布団から顔を少しだけ出して窓際を確認すると、カーテンの向こうに人影が見えた。その影がノックするような素振りを見せると、コン、という音が聞こえてくる。

 ───コイツの仕業かよ。

 そう思うと、色々な苛立ちや怒りが一気に腹の底から込み上げてきて、布団を投げ飛ばす勢いでベッドから飛び出すとカーテンを勢いよく開けた。そこには知らない老人がいた。暗がりで顔は良く見えないが、細く小さな身体を更に小さくするように肩を丸め、酷く薄汚れた服装をした老人だった。頭の片隅でこんな時間に何かあったのだろうかとか可哀想だと思う自分もいたが、既に怒りで上手く自分の感情がコントロールできなくなっていた俺はそのままの勢いでガラスをバンと思いっきり叩いた。

 老人はその音にピクリとも反応せず、ただスッとそのまま隣の家の方に去っていった。なんだか申し訳ないことをした気にもなったが、こんな夜更けに変ないたづらをしてくる方も悪いのだと言い訳をするように自分を納得させまた布団に深く潜り直した。

 そのまま今度はあっという間に眠りに落ち、気がつくと朝になっていた。なんだか目覚めも良く、身体もやけに軽い。カーテンを勢いよく開けてみる。陽の光が妙に眩しくて、俺は目を細めた。普段はしないのに何となく窓を開けてみる。風が優しく頬を撫でていく。あぁ、なんて気持ちいい朝なんだろう。見上げた空は雲一つない真っ青で、本当にいい天気だ。子どもの笑い声が聞こえてきて下を見れば、登校中の子ども達のはしゃぐ姿も先の方に小さくに見えた。元気だなぁなんて見ていると俺に気付いた子どもが笑顔で手を振ってくる。こんな遠くなのによく気づいたな、なんて苦笑しながらそれに振り返して、あ、と思う。

 うち、4階じゃん。

 バルコニーなんてものもなく、掴めるような窓枠や配管も、近くに電柱や樹も立っていない。人がそこに居られるようなものは何ひとつとしてなかった。

 じゃあ、あの老人は一体……。

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