揺さぶられる
世界が揺れている。
ベッドに俯せに横たわった身体が前後に激しく揺さぶられている。あぁ、これは地震だろうか。
うっすらと開けた視界から辺りの様子を窺う。
小さくカタカタ鳴っている窓を見て、このくらいならすぐ収まるだろうと思う。疲れきった身体では動く気力などなくて、そのまま静かに目を閉じかけた。
───それにしても。
それにしても、と思う。
窓が風に吹かれたときのように小さくカタカタ鳴っているだけの程度の地震なはずなのに、何故こうも身体は激しく揺さぶられているんだろう。1Kの狭い部屋の壁と壁に挟まれたこのベッドが、壁を突き破るんじゃないかというほどの揺れを私は感じているのに、なのになんで窓はカタカタと小さく鳴っているだけなんだろう。
どう考えてもおかしくないか?
まだ覚束ない頭でなんとなくベッドボードの方へゆっくりと目線をやった。
───真っ黒だった。
壁になっているはずのベッドボード部分は何処までも続いていそうな闇になっていた。そして比較的私に近いところに何かがいた。闇に紛れて姿ははっきりと見えないのに、確かにそこにいるという気配がする。大きな目で私を見ているような気さえする。
その途端、頭の中がクリアになった。
この揺れは地震などではなく、この闇に引き込まれているからなのではないか。身体を起こそうにも揺れが激しく、この場から動かないよう耐えるのが精一杯だったが、どうにか首を動かし足元の方も確認してみる。
真っ白な壁がぐねぐねと脈打つように大きく揺れていた。絶対に壊れてしまうだろう、そう思うほどまるでゴムにでもなってしまったかのように深く、長く伸び、こちらに跳ね返る度その揺れが私の身体を頭上の闇へと押し込んでいる。
動かぬよう敷布団をきつく掴み、もう1度ベッドボードの方へと目を向ける。
何処までも続く真っ黒な空間。頭を何処に向けてもそこには闇しか広がっていない。本来見えるはずのないベッドボードの中に既に頭が入ってしまったのだろう。さっきよりも何者かの気配が随分近くに感じる。
「や、やめて……」
絞り出すように漏らしたはずの声は、何処にも響かず、ただこの闇に吸い込まれていく。漏らした事実すら私の妄想なのではないかと思う程に静かに消えていく。
押される力に負け敷布団から手が離れる。すかさず外れてしまった手で今度はベッドボードの上端を掴む。より闇に頭を突っ込んでしまった形になってしまったが、今はそんなこと言っていられない。
寄せては返す波のようなリズムに逆らうようにタイミングを見計らい身体をベッドへとずらしていく。自分にこの波に逆らう程の、こんな抵抗できる力があったことに内心驚きながら力を入れていく。
不意に誰かの視線を感じて、私はばっと勢いよくそちらに顔を向けた。
……目があった。視線が合ったのではない。そこに、暗闇に2つの眼が浮かんで、私をじっと見ていたのだ。私の頭ほどの大きさはあるであろう大きな目が、すぐ目の前で私をじっと見ていたのだ。
それと目が合った瞬間、もういいやと思った。
諦めなどではなく、ただ、その眼がとても優しく、とても悲しそうであったから。その眼は、自身の嘆きではなく、私を想っての嘆きである気がして私は腕の力を抜いて、何処か満たされた安らぎの心地の中、静かに目を閉じた。
もう揺れは感じられなかった。
次に目を開けたとき映ったのは、いつもと変わらない見慣れた私の部屋の中だった。私は変わらずベッドに俯せで横たわっており、起こした身体は何処か軽くて。ぼんやりと見つめたベッドボードはいつもと変わらずただの壁だった。
どこかふわつく身体と心。ちょっとした虚無感と思考はただただぼやけていて。
嗚呼、と呟く。
私はただ、そう思ったのだ。
───あぁ、私を連れていってくれればよかったのに、と。
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