留守番電話
風呂上がり、半乾きの髪の毛をタオルで拭きながらリビングに向かうと、机の上の置いていた携帯電話が着信のあったことを告げる点滅をしているのが暗がりに見えた。
電気を付けて携帯を確認すれば着信1件とメッセージ文が届いていた。
着信は友達からのもので、電話に出られなかった私に対するメッセージだろうとメッセージを確認する。
『ねぇ、只今電話に出ることができませんの前に、男の人の声ではいって言われたんだけどそういう仕様?』
……は?
疑問と共に期待に口角が上がったのが自分でもわかった。
『なにそれ、詳しく』
『だから、さっき電話かけたとき、はーいって男の人の低い声がしてその後只今電話に出ることができませんって言われたの。あ、ガイダンスはいつもの女の人の声だった』
『そんな設定にしてないはず。はーいって、そっちの周りで誰かいってたんじゃないの?』
『でも車の中だよ。それに曲しか流してない』
『曲にそう聞こえるフレーズがあったんじゃないの?』
『だけどガチャッて音して、はーいっていう?』
んー。というか、考えてみれば、そもそも留守電ってどんなものだっけと思い至った。最近はメッセージを送るばかりで電話を使うことは少なくなっている。留守電なんてものもなった瞬間大抵電話を切ってしまうから、そういえばちゃんと聞いたことないかもしれない……。
なら折角だし、
『私も留守電聞きたいっ。かけてもいい?』
『私の留守電でいいの?』
別にいいけど……と少し煮え切らない彼女に電話に出ないようにお願いして電話を掛けてみる。
彼女の電話はコール音の代わりに曲が流れる仕様になっているらしく、聞こえてきた知っているその曲につられ鼻歌交じりで耳を傾けていると不意に音声ガイダンスに切り替わる。
あれ、今ガチャとか音したっけ? もしかして聞き逃した? あー、いや、そういう仕様じゃないのかもしれない。ちゃんと集中して聞いておけばよかった。なんて考えながらガイダンスの続きを聞く。
『只今電話に出ることができません。御用の方は───』
そこまで流れると不自然にブツッと音が途切れて無音が広がった。
「え? は? え?」
もしかして電話繋がっている?
出ないといっていた彼女が出ることはないだろう。なら、もしかして出ないようにと席を外していた彼女の代わりに家族の誰かが──もしくはペットが悪戯して出たとか……?
訝しがりながら「もしもし」と声を掛けてみるが返答はない。相変わらず電話の向こうは無音が広がっていた。
仕方なく電話を切って念のため『もしかして電話出てくれた?』とメッセージを送ってみる。
返事はすぐに返ってきた。
『出てないよ。伝言にもしもしって声ちゃんと入ってたよ』
え、いやいやいや。
『ガイダンスの途中でブツッて音切れたよ。御用の方はブツッみたいな感じで。ピーっていう機械音も特に鳴らなかったし』
だから、「もしもし」なんていう自分の声が入っているなんて思いもしなかった。
『そんな中途半端に終わったの?』
『うん』
これは一体どういうことだろう。
もしも、霊的なものなら───。
ホラー好きの自分としては期待に緩みそうになる顔を崩れないようどうにか両手で押さえてみる。
元々機械との相性の悪さもあって。そう、例えば携帯なんて落とした覚えもないのにすぐ壊れることもある。今回もまたソレである可能性も否定できない。
ならば
『明日、公衆電話から自分の携帯とそっちの電話に電話かけて確認してみるよ。携帯の故障の可能性もあるしね』
そう伝えて、彼女の都合のいい時間を確認して連絡を終えた。
次の日、前以て指示してもらっていた時間、私は出勤前の時間を利用して、雑音の少なそうな人通りの少ない場所に公衆電話ボックスを見付けてそこに入った。
もう使うこともなくなっていたテレフォンカードを財布から取り出し、まずは自分の携帯に電話を掛けてみる。コール音が何度か聞こえ、ガチャッと受話器を取るような音が聞こえる。
小さく息を呑み、耳に意識を集中させる。
数秒、無音が広がる。
──ちょっと長くないか?
不審が広がる。
が、次の瞬間、
『只今電話に出ることができません』
何の変哲もない、設定した覚えのある女性の声のガイダンスが流れた。
……あれ。
なんだか肩透かしを食らったような気がする。
でも、ガチャッて音の後の間はちょっと長かった気がする。うん。
そう言い訳し、もう1度自分の携帯に電話を掛けてみる。
プルル、プルル……。
先程と同様に何度かコール音が聞こえ、ガチャッと音が聞こえる。
『只今電話に出ることができません』
今度は先程よりも早くガイダンスが始まった。
あれ?
結局、私の耳に聞こえてくるのは何の変哲もない留守番電話だった。男の人の声で「はい」なんて聞こえる気配は全くない。
仕方なく、今度は彼女の携帯に電話を掛けることにした。
昨日と同じ曲が流れ、それが止まったかと思うと『只今電話に出ることができません』とガイダンスが流れ始めた。
『只今電話に出ることができません。御用の方はピーッという発信音の後にご用件をどうぞ』
ピッ。
なんだ、問題なく聞こえるじゃん。なんだか気が抜けてしまって、メッセージを入れようと口を開きかけた瞬間、
ピッ。
もう1度発信音が聞こえてちょっと焦る。フェイントが入るのかよっ。
半笑いになりながら「私の携帯もそっちの携帯もなんなく留守電聞こえたよ。ほんとなんだったのかな」とメッセージを残して、私は仕事に向かった。
仕事も終わり、携帯を開くと彼女からまた着信とメッセージ文が届いていた。
昨日のことを思い、少し高鳴る衝動を抑えながら画面を開く──。
『私も普通に聞こえたよ』
その文字の並びに苦笑しながら、リダイアルする。
あの曲が流れ少しして「もしもし?」と間延びした彼女の声が聞こえる。
「ねぇ、今から暇? うちでご飯でもどう?」
「あ、いいね~。じゃあこれから向かうよ。待ち合わせは何処にしようか」
そうして、私の最寄り駅で集合することに決め「またあとでね」と電話を切る。数十分後、彼女と落ち合って、近くのスーパーで適当に惣菜やお酒を買い込んだ。家に着くと買ってきたモノを机にざっくばらんに並べて、仕事の愚痴や近状なんかの下らない話に花を咲かせる。
「結局、あの男の人の声、なんだったのかな」
何気なく彼女が呟く。
「なんだったんだろ。やっぱ聞き間違いなんじゃない?」
「えー、でも確かにはーいって言ってたんだよ」
不貞腐れたように口を少し尖らせて返す彼女に、私も「ちぇ、私も聞きたかったな」と応えて、あっ、と思う。
「ねぇねぇ。最後にさ、もう1回だけ電話かけていい? 今度はそっちの携帯から私の携帯に電話するの」
「えー。……ま、いいけどさ」
興味なさげに、けど少し目元をニヤつきさせながら私に自身の携帯を差し出す。ありがと、と受け取って自分の携帯番号を打ち込む。し~、とわざとらしく人差し指を唇に当て合図を送ると携帯を耳に当てる。少しして、コールが始まった。
プルル、プルル……。
出勤前にかけたときにも聞いたあのコール音が鳴り響く。
やっぱりなんにも起こんないよね~。
視線で彼女に合図すると、小さく肩をすくめる反応が返る。
何度目かのコールの後、ガチャッと受話器を取る音が聞こえた。
どうせ、なにも起こらないんだ。あぁ~あ。残念だな。
そうして、携帯を耳から離しかけたとき、───確かに聞こえた気がした。
「はーい」
低い男の人の声が。
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