静けさ



 子どもや動物は霊的なものと相性が良いといわれています。きっと波長が合うのでしょう。

 その波長も20歳を境でわかれるそうです。きっとずれが生じてくるのでしょう。20歳を境にそんな世界と交わることがなくなったという者もいれば、20歳から波長が合い始める者もいる。

 私の場合は20歳を超えてもあまり変わりませんでした。幼い頃から人ならざる者は生者と変わらず見えていたので、「あそこでおじさんがブランコしてるよ」と何気なく呟いた言葉に母や父が真っ青な顔で私のことを見たのを今でも覚えています。その頃から何となく自分が人と違うモノが見えているのだということに気が付き始めました。それまで仲良くしていた子も私の言動に恐怖を覚えたのか段々と距離を置くようになり、変な子、可哀想な子、というレッテルを私に貼り、誰もが敬遠するようになりました。

 しかし、時が経つにつれ、人と人ならざる者の違いが分かるようになり、それに加え、どうやら私は取り繕うということに長けていたようで歳を追うごとに貼られたレッテルはどこかへ行き、他の人と何ら変わらぬ『人』になることとなったのです。

 そうして、そんな中、私はちょっとした遊びをするようになったのです。

 まるで「これは誰にも内緒だよ」と含みを混じらせるように、嘘の中に少しの真実を加える。それは嘘さえ真実味を帯びて、それはまるで波紋のように広がって、話を聞く相手にとって真実に聞こえる物語へと変わるのです。

 そうやって私は、ちょっとした刺激を与え、場を盛り上げる為に、酒の席では小話の1つとして話すこともありました。

 その日も、「そういえばこんな話知ってる?」と酒の席で自分の見えているものの話をさも聞いたことがあるように装い話し、「やめてよぉ」と怖がる女性達を男性陣と共に「そんなこと在るわけないじゃん」と笑い飛ばしていました。

 その帰り道でした。自分でも珍しい組み合わせだと思いました。たまたま、帰り道が同じ方向だからとほとんど話したことのなかったその男性と2人で少し先の駅まで歩くことになったのです。

 何を話そうか、そう思っていた時でした。

「ねぇ、こういうの聞いていいのかわかんないけどさ。さっきの話って……君の本当の話?」

 少し遠慮がちに、彼の方が話しかけてきました。

「……なんでそう思ったんですか?」

 これまで私は、ただの心霊話が少し詳しい程度の人を装ってきました。今まで誰からもそんなことをいわれたことはありませんでした。笑顔崩すことなく聞き返した私に、「何となくそう感じたんだ」と彼は返してきました。

 上手く返答ができなかった私に、彼は質問が肯定されたのだと感じたのかぽつりぽつりと、少し遠慮がちに、それでいて核心を突くような質問をし始めました。それは彼の聞きかじった霊に関する情報だったのでしょう。

「視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、五感全てに感じたらそれは本物だよ。家では異臭がしたり、他に何か見えたり聞こえたりする?」

 今日話したのは何の話だっけ。あぁ、家に人の気配がするって話だったかな。幻聴が聞こえるって話だったかな。部屋から異臭がするって話だったかな。もうすっかり慣れてしまっていたけどそう言われて考えてみれば五感全てにいつだって感じていたじゃないか。

 彼に調子を合わせるように、今ではすっかり誰にも話したことのなくなった話をぽつりぽつりと私も話してしまいました。

「きっと、君のことが好きなんだね」

 不意に、彼がそんなことをいいだしました。彼のいっている意味が分からず、戦慄く唇を気付かれないよう噛み締め、すぐさま笑顔を取り繕いました。

「えー、そんな。相手が男か女かわかりませんけど幽霊に好かれても困りますよ」

「だって、家自体には被害もないし、聞く限りには君自体に危害を加えるつもりもないようだし。もし憑りついてるとしたら、君自身に、だ」

 その言葉に、笑みで返すと

「あ、こんな風にいってると、否定したように感じて怒って俺の方に憑いたりとか……するのかな?」

 そうやって彼は少しおどけて見せました。

 気が付くともう改札の前で、

「もしそうなったら教えてください」

「そっちもね。もし何か進展あったら教えて」

 そう冗談めかしいい合って、笑顔でそれぞれのホームへと別れました。

 張り付いていた笑顔がスッと取れていき、それと一緒に何処か軽くなった気がするその足で家路につきました。

 いつものように、ポケットから出した鍵でドアを開けました。

 違和感が、在りました。

 真っ暗なその部屋は、静まり返っていたのです。

 え、当たり前、ですか?

 いいえ。

 劈くような悲鳴、鼻を衝くような腐った臭い、風もないのに肌を撫でる感触、誰かに見られているような気配……私のこの部屋の日常は、それらだったのです。

 その部屋には、何1つ、在りませんでした。

 それからです。

 その日以来、何も、起こらないのです。何も、感じないのです。何も見えず、何も聞こえないのです。

 貴方にわかりますか。昨日まで当たり前だったものが急になくなってしまう恐怖が。きっと喜ばしいことなのに、少しも嬉しいと思えないのです。嵐の前の静けさ、なんていう言葉がありますが、これがそうなのではないかと思ってしまうのです。

 いつ、どこで、今度は何が起こるのか。

 本当のただの『人』になってしまった今、私は今までのどんな体験よりも怖いのです。恐ろしいのです。このただの静けさが。いえ、その先が……。


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