暮れ
この話をするとき、決まって弟は酷く嬉しそうに声を弾ませる。その度に私は何とも言えない複雑な気分に駆られるのだ。
裏は見渡す限りの山。目の前は道路に面している。祖父と母が生活している母屋と、父と、もう家を出ている私と弟が帰省の際に利用する離れは隣同士に並んで建っている。それぞれを更に薄い屋根で繋ぎ、その屋根の下。空いた真ん中のスペースを車庫として使っている。母屋と離れ、隣り合っていない反対側はそれぞれ畑や田んぼに挟まれており、これは、そんな田舎にある我が家に数年に1度起こる不思議な話だ。
それはいつも、年越しのカウントダウンの最中になると起こる。
ある年。3、2、1……、そうやって世間が新しい年を迎える瞬間。家の前の道路から耳をつんざく様な急ブレーキの音と共に、何かが激しくぶつかる音が聞こえた。
テレビでは新年を祝う騒ぎが起きている中、私は恐る恐る離れの2階の窓から音のした方を見下ろした。知らない車が、離れの玄関先の垣根を薙ぎ倒し、畑へ突っ込み、畑を囲っていたコンクリートの壁にぶち当たり止まっていた。プウウウウッというクラクションの音がいつまでも鳴り響いている。自分にとっての非日常。まるで、我が家だけが世界から取り残されてしまったような気がする。
呆然と立ち尽くすだけの私の元に父がやって来て、私の目に映る光景を、私の理解する現状を簡潔に伝えると「お前はここにいろ」そう言って弟を連れてその車へ向かった。2階から見下ろせば、あとから祖父が駆け付ける姿も見てとれた。
我が家の男性陣と乗車していた男。皆があぁでもない、こうでもないと相談し合い何とか畑から車を引っ張り出す。何度も頭を下げると男はそのまま車に乗って走り去っていた。……運よく怪我人はいなかった。
そんなことが、私が覚えているだけでも数回、過去起きている。毎度こんな激しい事故なのに怪我人が出たという記憶はない。
昔からここに住む母の子どもの頃はどうだったのかと1度聞いたことがある。
「うん、昔も車が突っ込んできたことがあるよ。畑じゃなくて母屋の玄関に、だけど」
母が帰宅し、土間から部屋に入った瞬間に車が家の中にまで突っ込んできたらしい。「すみませんでしたって何度もその人お詫びの品持って来てたよ」と、何てことないように語る母に、弟と同じモノを感じた。勿論、この時も怪我人が出ることはなかったそうだ。
「うちにはきっと、何かあるんだよ!」
嬉々として弟は言う。
私もそう思う。でも、それは弟とは違う気持ちなのだと思う。
「だって、こんな見晴らしのいい直線の道で、どうやったら家に突っ込めるんだよ」
そう。見晴らしのいい直線道路、その中程に我が家は建っている。そんな真っすぐ続く道路で、どうしたら我が家に突っ込んでこられるんだろう。
「今年はどうなるんだろうな」
弟が酒をあおりながら楽しそうに呟く。
その答えは誰にも分らない。
不思議は、いつまでも不思議のまま。
私も皆と同じように、いつか訝しむことを忘れ、この世界を受け入れてしまうのだろうか。
テレビでは年末の残り僅かな今年という年を惜しみつつ、来年という新しい年に向けて大きな声でカウントダウンを始めている。
5、4、3、2……。
私は自身を抱きしめ、きつく目を閉じた。
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