好かれる



 昔から子どもに好かれやすかった。目が合えばそれだけで大抵の子ども達が向こうから歩み寄って来て話しかけてくれる。内気な子でさえ、俺が声をかければすぐに心を開いてくれた。それが才能に近いものだと思っていたし、「ねぇねぇ」と話しかけてくれるその姿は可愛らしい。元々子どもが好きだった俺が保育士を目指そうと思ったのは必然だったと思う。

 だがそんな俺より凄い奴がいるということを俺は大学に入って知ることとなる。

 活動の一環で児童養護施設に行くことが多いと聞き、俺はボランティアサークルに所属することにした。子どもと関われるなんて願ったり叶ったりだ。その活動先で知り合ったのが他の大学から個人でボランティアとして参加していた清水だった。

 対面初日にして、格の違いというモノを感じた。

 清水がそこにいるだけでどこからともなく子ども達が集まってくるのだ。話しかけるでも、目を合わすでもなく、だ。

 子どもに好かれる自信のあった俺にとって、それは衝撃だった。それまで、誰よりも早く子ども達と仲良くなれていた。保育士になることが天命とさえ感じていた。清水のそんな姿を見て、俺は自分の傲慢さを感じずにはいられなかった。

「お前なんでそんなに子どもに好かれやすいの?」

 何度か顔を合わせるようになり、知人程度に清水と面識を持てた頃、そう声をかけてみた。

 清水は少し苦笑気味に「昔からそうなんだ」と返した。

 その言葉が自分の姿とダブり親近感を湧かせ、でも違い過ぎる度合いの差がなんだか悔しくて。それでもそんな清水に、俺も次第に惹かれていった。他愛もない会話を繰り返すうち、歳が近いということもあって親しくなるのにそう時間はかからなかった。

 施設からの帰り道が同じ方向だと知ったのはそれからすぐのことだった。偶然、先を歩く清水の後ろ姿を見かけた。後ろから駆け寄り清水の肩を叩く。

「おい、清水。何だよ、お前も同じ方向だったのかよ」

 突然のことにビックリしたらしい清水は、一瞬大きく目を開き戸惑いの色を見せたが、すぐにそんなことはなかったかのように「あぁ、ホントだね。今まで遇わなかったから知らなかったよ」と微笑んだ。

 それから2人並んで下らない話をしつつ、駅へと足を進めた。

 途中、小さな公園があった。夕方といってもまだ明るいその時間帯、子ども達数人でサッカーをしている姿が目に留まった。元気だなぁなんて微笑ましく見ていると、コロコロとサッカーボールが俺達の前に転がってきた。

「ごめんなさい、ボール蹴ってくださぁい」

 子ども達がこちらへ大きく手を振っている。

 さて、どうしたものかと少し考え、清水の方へ眼をやれば、清水と目が合った。どうやら考えていることは同じらしいと分かった瞬間、俺達は同時に吹きだした。

 足元のサッカーボールを軽く蹴り上げ、片手で受け止める。

「なぁ、俺達も混ぜてくれよ」

 そう声をかければ子ども達は「いいよ」と簡単に承諾してくれた。

2人して駆け足で向かう。

 ふと、横を走る清水を見れば、子どものように無邪気な笑顔を浮かべていた。  あぁ、コイツも相当子どもが好きなんだな、そんなことを思ってなんだか嬉しくなった。

 サッカーといっても、始めは数人でのボール転がしのようだったその遊びも、数分と経たないうちに何処からともなく集まってきた子ども達であっという間に本格的なサッカーができるまでになった。俺と清水のチームに分かれ白熱した試合も、程なく流れ始めた『夕焼け小焼け』を合図に子ども達は散り散りに帰っていった。最後の子を見送った頃には、どちらからともなく腹の虫が鳴いた。

「何か食っていくか」

 そう声をかければ、目を輝かせた清水が大きく首を縦に振った。

 適当な居酒屋に入り、おろおろするばかりの清水の代わりに適当に注文する。

 お通しで出された枝豆をつまみながら、なんだかそわそわと落ち着きのない清水に話しかける。

「しかし、清水は本当に子どもに好かれやすいな。さっきもあっという間に子どもが集まってきてさ、あんな本格的になるとは思わなかった」

 ま、楽しかったけどさ。

 そう付け加えるように言って、俺はもう一度、前、清水に聞いたことを聞いてみた。

「お前なんでそんなに子どもに好かれやすいの?」

 清水は、俺の眼を見据えて、それから苦笑気味に俯きぽつぽつと言葉を紡いだ。

「多分、贖罪のようなものかな……」

 答えになっていないその言葉に、言葉を返せないでいると代わりに清水のグラスの氷がカランと鳴った。

「昔、確か中学生の頃かな。親と行ったスーパーでさ、迷子がいたんだよ。多分幼稚園くらいの子。凄く泣いてるのにさ、誰もその子に声かけようとしないんだ。皆その子がいないみたいに振る舞っていて。ずっとその子が泣き続けているのに……なのに俺、何もできなかった。声かけて、迷子センターに連れていけばいいだけの話なんだけどさ。ただそれだけのことができなくて、俺はそのまま親に帰るぞって声をかけられ促されるまま帰ったんだ」

 顔を上げた清水は、少し泣きそうな顔をして笑っていた。

 今もその泣き声が耳から離れないのだと言う。

「今でもその時のことを後悔している。だから決めたんだ。子どもの為になんでもしよう、って」

「そりゃぁ、何とも変わった罪滅ぼしの道を選んだな」

 茶化すように言えば、ははは、と清水が笑った。

「……それからかな、子どもに好かれるようになったのは」

 清水は、本当に優しい奴なんだろう。子どもの為になんでもしてやりたい。その気持ちが自然と溢れ出し、優しさとなり、その雰囲気が子ども達にも伝わって清水に惹きつける魅力となっているんだろう。

 やっぱり敵わないな、と思う。

「……ま、ほら、冷めないうちにしっかり食べようぜ」

 そうやって空いている清水の皿にどんどん料理を乗せ、今日は楽しかったなどと酒も入り話が盛り上がっていたのもあって、気がつけば辺りは真っ暗になっていた。時は既に遅し、終電を逃したという清水を俺は家に来いよと誘った。

 迷惑がかかると最初は渋っていた清水も、この近くに始発まで時間を潰せる場所がないことを告げると、

「俺、友達と一緒に帰るとかご飯とか初めてで舞い上がってたみたいだ。悪い、ありがとう」

と、戸惑いながら了承した。

 適当に貸した寝間着を着た風呂上がりの清水は、清水用にと出した客用の布団を敷きながら「今日、寝てるとき騒がしくするかもしれない。ごめん」と俯き加減に言った。

 イビキや歯軋りなら俺だってするかもしれない。寝相だって決していい方だとはいえない。「いいって、気にすんな」そう返せば、清水は苦笑気味にありがとうと言った。

 俺はベッドに、清水は床に。平行に敷かれた布団にそれぞれ潜り、電気を消すと、おやすみと言い合って俺達は目を閉じた。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。

 ギィッという家鳴りで目が覚めた。初めて連れてきた清水に対し、意外と俺は自分でも気づかないうちに気を張って眠りが浅くなってしまっていたのかもしれない。普段なら気にもしない家鳴り程度で目を覚ますなんて。

隣で小さく聞こえる寝息に、騒がしくなんてないじゃねぇか、と苦笑し、俺はもう一度目を閉じた。

 ギィ。

 また、家鳴りがする。

 ビタン。

 あぁ、これは時計の針の音がやけに大きく聞こえてしまうアレだ。目を閉じた真っ暗な空間で、聴覚だけがやけに冴えていた。

 パタ、……トタ、トタ。

 あれ。

 何か、違和感が。

 家鳴りの感覚が、短くなってきた気がした。

 トタ、パタ……トタトタ。

 なんかこれって、足音みたいじゃねぇ?

 そんな考えが頭を過った瞬間、クスクスと笑う声が小さく聞こえた。途端に、体中の体温が一気に下がるのを感じた。

 ドタドタドタドタドタ……!

 その音は、俺の部屋を所狭しと駆けまわり始めた。確実に、足音だ。しかも、1人のものじゃない。複数の、音の軽さから子どものものだと思う。それらが、時折クスクスと笑い声をあげ、まるで鬼ごっごでもしているかのように俺の部屋を走り回っている。

 一切動いていないというのに時折ベッドが沈む。ギィっというバネの音がやけに耳に衝く。

 ハハ、アハハハハ。

 足音と共にあどけなさの残る笑い声が混じる。足音が、声が、俺の身体を何かで侵食していくのがわかった。

 それが恐怖だと気づいたとき、ふと、トタドタと聞こえる足音の合間に清水の寝息が聞こえた。規則正しい、寝息だ。気持ち悪い程、一律な。吐き気のしそうなその寝息に引き込まれるかのように、俺の意識は呑み込まれていった。

「おはよう」

 その声に、目はパッと開き、一気に覚醒する。

「おはよう」

 窺う様にもう一度聞こえたその声の主が清水だとわかった途端、俺は大きく息を吐いた。

「あぁ、おはよ」

 上半身をゆっくりと起こす。

 ―――アレは夢だったのだろうか。いや、きっとそうだったのだろう。

 所詮夢だと、邪念を掻き消すように頭を掻き毟る。

「あぁ、腹減ったな。何か適当に作るわ」

 嫌いなものとかなんかあるか、そう言ってベッドから出ようとするが、俯いたまま何故か顔があげられない。

 あれ、と思っていると、清水は「昨日は騒がしくしてごめんね」と謝ってきた。自分がイビキとか歯軋りでもして煩くしたことで俺が腹を立てているとでも勘違いしたんだろう。そう思って、

「何言ってんだよ、お前めっちゃ静かな寝息立ててただけだったじゃん」

 そう言って笑顔を作って顔を上げた俺は、そのまま、ただただ、絶句した。

 着替え途中だったらしい、上半身裸の清水の身体には、赤紫の小さな紅葉が幾つもくっきりと咲いていた。



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