神様の命



 米には神様が宿っている、という話を聞いて彩夏は酷く納得した。

 全ての生命には神が宿っている。いや、神でなくても誰かが、何かが宿っているのだと思う。

 ある日を境に食事を取らなくなった彩夏を心配して、自然の多い土地の方が療養するにはいいだろうと母が母方の田舎の祖母の所に彩夏を一人でやったのは夏休みも中旬の頃のことだった。

 そこはなにもないところだった。人里離れたそこは、山々に囲まれ、気持ちばかりの畑や田んぼが転々とする家々の前に広がっている。何処か隔離された場所のようだと彩夏は思った。それは、都会にあった頃の自分も変わらないと思うが、こことはやはり少し違う気がした。

 腰の曲がった祖母が「畑に一緒に来るけ?」と言ったのを2つ返事で返したのは、それまで都会の病院で点滴ばかりの生活を送っていた彩夏には何もかもが珍しかったからかもしれない。

 畑を耕す祖母のあとを追うように、祖母の指示通りに野菜の種を蒔く。なんの野菜かは祖母の方言がキツすぎて聞き取れなかったがきっと美味しい野菜だと思う。祖母が額の汗を手拭いで拭うのを見ながら彩夏は思う。

「ぼちぼちやらんね」

 そういって祖母は鍬もその辺に、木陰の方へと歩みを進めた。

 木陰にどっかりと座るといつの間にか用意されていたおにぎりが広げられる。隣に座れば彩夏の事情を知っているはずの祖母が、おにぎりを差し出した。戸惑いながらそれを受けとるも、見つめるばかりで動けずにいた彩夏に祖母がこんな話をし始めた。

「お米にはの、一粒一粒に神さんが宿っとるんで。米だけじゃねぇど。色んなもんに神さんが宿っとる。わしらは、色んなもんの上に生かしてもらっとるん。じゃけの、ご飯食うときは両手合わせていただきます言うん。これはな、命をありがとういう意味なんで」

 そういって祖母が両手を合わせ、深々とお辞儀をし、おにぎりを頬張った。

 戸惑いながら彩夏もそれに習い、両手を合わせ、深々とお辞儀をした。

「いただきます」

 そういって食べた久しぶりの食事は、生きている味がした。

 数日後、都会の家に戻ると、何かのお祝いとばかりに机にはたくさんの料理が並べられており、彩夏を見つめる度に母が泣いた。きっと、少し前の点滴ばかりの生活だった彩夏を思い出しているのだろう。

「また彩夏とこうやって一緒の机でご飯が食べられる日が来るだなんて……」

「もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

 母が涙を拭いながら、気持ちを切り替えよう言わんばかりに「さぁ、食べましょう」とお茶碗を持つ。

 母がご飯を口に含んだ先から断末魔のような悲鳴が聞こえる。何人も、何人も。大人のものや子どものもの。それはきっと何らかの命だったものの叫びなのだろうと思う。

 以前はそれを理解できず拒否してしまったが、今ならもう大丈夫だ。

 それを聞きながら彩夏は手を合わせた。


「頂きます」



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