みてた




 子どもは1もなく2もなく可愛い。それは正義だといっても過言ではないと私は思う。そんな私に友人達は「事件だけは起こしてくれるなよ」と私が目を輝かせる度に忠告を入れてくる。

 休日の外を歩けば、いくらでも家族連れの子どもが楽しそうに行き交っている。そういうのを見るのは凄く幸せな気分になる。が、今日も友人は私のことをじっと見つめ、呆れたように相槌のような適度なタイミングでため息を吐く。

「休みが被って、久しぶりの遊びの約束がこれか……」

「え、なんでそんなこというの。ちゃんと、買い物してるし、さっき映画も観たじゃん。面白かったでしょ?」

 久しぶりのお互いの休日は、ウインドーショッピングと私のおすすめの映画鑑賞で過ぎていく。今は移動式のクレープ屋の前のベンチに腰掛け、休憩がてらクレープを食べているところだった。

「いや、楽しんでるよこれでも。アンタのおすすめ映画はハズレなんてないし。……そうじゃない、そういうのじゃなくてさ」

 友人はそこまでいって、はぁ、と盛大なため息を吐いた。

「よそ様の子ども見過ぎ」

 えーっと抗議の声をもらせば、「眼の色が犯罪者臭いんだよ」と返される。

 仕方なく黙ってもしゃもしゃとクレープを食べていると、目の前を小さな子ども連れのお母さんがふらふらと通り過ぎていった。4歳くらいの子だろうか。自然と私の視線もそれを捉えて移動する。

「ねぇ、ねぇねぇ」

 そういって子どもはお母さんの周りを駆け回っている。元気な子どもに振り回されて、大分疲れているのかお母さんの足取りはかなり怪しい。時折、子どもが足元に抱き着いたり、お母さんのスカートや上着の裾を掴んで引っ張ればバランスを崩し今にも倒れてしまうのではないかという程ふら付いている。それでもその子どもはとても楽しそうで、満面の笑顔が眩しい。子どもは元気なのが一番だな、うん。本当にお母さんが好きなんだろうなぁ。いいなぁ、などと考えていると

「ねぇ、おんぶ」

 子どもが無邪気にお母さんに要求し始めた。

 おんぶおんぶおんぶおんぶおんぶおんぶ……。先程の比ではないような勢いで、足を引っ張り、服を引っ張り、手を引っ張り、結果振り回されたお母さんは、すとん、と地面に座り込んだ。それを許諾と思ったのか子どもが勢いよくお母さんの背中に飛び乗った。

「おんぶ、おんぶ!」

 よっぽど嬉しかったのかゆらゆらと立ち上がるお母さんの背でその子どもは大はしゃぎでブンブン足を振り回している。

 お母さんも大変だな、そんな様子に苦笑していると、子どもと目が合った。なんとなく、手を振ってみれば、満面の笑みで子どもが手を振り返してくれる。

 あぁ、やばい。まじで可愛い。

「ねぇ、今の見た?」

 この昂りを誰かと共有したくて友人に声をかけた。

 興味なさそうに「あぁ」と声が返ってくる。

「ほんと可愛いよね。天使だよね!」

 興奮気味な私の言葉に、友人はきょとんと反応を返した。私が何をいっているの分からないようだった。

 そんな友人に、私も小首を傾げる。

「さっきの見てたよね?」

 確認するように言葉を紡げば、うん、と返ってくる。

「今、目の前を通っていた」

「さっきの人だよね」

「そう」

「心配だよね。あんなにふらついててさ、顔色も悪かったみたいだし」

「そうそう。かなり疲れてたよね。まぁあんな元気な子どもに振り回されてたらさ、お母さんだって疲れちゃうよね」

 私の言葉に、友人が僅かに眉を顰めた。

「何いってんの。さっきの人は、――――」

 友人の言葉を遮るようにけたたましい車の急ブレーキの音が聞こえた。それからすぐにざわざわと、誰かが轢かれたらしいと声が聞こえる。

 いってみよう、どちらからともなく発した声を合図に人ゴミをかき分けるように私達はそこへ向かった。歩行者信号が、青を点滅させていた。

「……ねぇ、ねぇ」

 友人が息を呑むのがすぐそこで聞こえた。道路の真ん中。赤く染まって横たわる人の姿が、そこにあった。

 先程の友人のかき消された言葉が、頭を過る。

「さっきの人は、1人だったでしょ」

 そこに倒れていたのは、さっきの女性、ただ一人だった―――。

 言葉が、いや、声が、出なかった。

 何かに縋りたいのだろう。視線は現場に向いたまま、さっきから友人が無言で私の服の裾を引っ張ってくる。私だって、誰かに縋りたい。目の前の光景が信じられない。

 尚も私の服の裾をくいくいと引っ張ってくる。

 いい加減に―――、しろ、と言いかけて服の裾へと向けた視線が、ソレとあった。

 さっきの子が、私を見上げ、その小さな手で私の服の裾をくいくいと引っ張っていた。

「ねぇねぇ」

 ニタリとした満面の笑みが私に向けられる。

私は可笑しいのかもしれない。それでもやっぱり私は、子どもは可愛いと思う。



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