「彼女がほしい」と猫がいいました。



 その話をする前に、まずはなぜ鼠のうちの前で猫と5時間近くも会話しているのかを話さなくてはなりません。

 その日、久しぶりに都から田舎へと帰省していた鼠のもとに友達の猫が訪ねてまいりました。「いい桃ができたんじゃ」といって持ってきてくれた袋の中には高級そうな薄紅色の桃が3つ入っておりました。これは嬉しい。桃を受け取った鼠はなにかお礼をしなくてはと思いました。そこで、都のお土産として家族に買ってきていた林檎を4つ、あげることにしました。鼠は少しだけ猫を家の前に待たせ、袋に林檎を4つ入れ、戻ってきました。

「今日は遠くからありがとう」

 そういって渡すと、いやあ問題ないけぇ、と少し照れたように猫はいいました。そして、ちょっとだけ帰るような素振りを見せました。が、次の瞬間には「そういやぁさ~」と別の話を始めたのです。

 鼠も1時間くらいならこの世間話に付き合おうと思いました。おそらく猫は誰かと話がしたいのでしょう。こんな1軒1軒の間隔が歩いて2017キロもある田舎ではこんなこともない限り、話し相手などいないのです。初めの1時間は他愛もない世間話でありました。時計を見れば、あっという間に時間が過ぎていました。

「今日は寒い中本当にごめんね」鼠が切り出すと同じように時計を見た猫も「ああ、こっちこそ、ごめん。寒い中大丈夫だった?」とコートを羽織ってはいるものの下はスカートと少し薄着で出ていた鼠の心配までしてくれるのです。なんていい友達を持ったんだろうと思ったのもつかの間、猫はまた話し始めたのです。それはゲームの話に始まり、自分が更新しているブログの話、初代ガンダムから現ガンダムまでの話、ウルトラマンの話、鼠の生まれる前に放送されていた仮面ライダーの話や戦隊シリーズの話に到るまでそれはもうマシンガンのように続けられたのです。初めのうちはなんとなく話に乗っていた鼠ですが、段々ついていけなくなりました。それと同時に軽い殺意も感じるようになりました。これ以上話を広げたくなくて、「へぇ」「うん」の言葉だけで会話をし、あからさまな嫌だという態度をとりましたが、この猫には全く効果ありませんでした。

 鼠はここまで空気の読めない奴に会ったことはありませんでした。自分も相当空気の読めない奴だとは思っていましたが、猫ほどではないと思います。それだけではありません。あえて目を瞑ろうと思っていましたが、猫はずうっと自分の手の毛をちぎってポケットに入れ、入りきらなかったものはズボンでぱっぱと払いながら会話をしていたのです。鼠自身つい無意識に自分の手の薄爪を爪同士擦りつけ剥いでしまうことがありましたが、これほど気持ち悪い行為ではないだろうと思いました。

 そして、不意に猫が「彼女ほしんじゃあ」といいました。鼠は「だったら友達に紹介してもらやあええじゃん」と思わず直したはずの方言が出ます。しかし、猫はぐずぐずぐずぐずいってきます。

 でも紹介してくれそうな奴おるけど多分、ろくな女の子紹介してくれんし。だったら、ブログとかの友達は。いや、俺的には知らん奴より少しでも知っとる奴がええ。じゃあ、会社の同僚は。だって、男ばっか。じゃなくて、その人の姉妹とか友達とか紹介してもらやあええじゃん。じゃけど……。

 キリがありません。

 ほとほと鼠が困り果てていると、「そっちはどうなん?」と猫が話を振ってきます。鼠は直感的にん、なんかやべぇぞと思いました。

「私は彼氏とかおらんけど」

「つくる気ないん?」

 今は友達とおる方が楽しいけぇ。へー、好きな奴のタイプは? 普通の人がいい。普通って? 例えば一緒に歩いてて道端に花が咲いとってそれみて「綺麗な花が咲いてるね」「そうだね」とかいえる人。へー、俺には出来んなぁ。どんな奴が嫌い? 自己中心的で俺の考えはこれ、お前の考えは間違ってるって奴。ああ、俺そういう奴かもだわ。

 ……あえて鼠はツッコミはしませんでしたが、なんでお前基準なんじゃ、ボケ。

「彼女欲しいなぁ」

 そういって猫は舌なめずりをして鼠のことを舐めるようにみたのでした。

 そして鼠は今日1日で使い古された言葉をまた、満面の笑みでいうのです。


「今日は来てくれてありがとう」


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