夏が動き出す。⑤
こんな調子で、アカミはその後も時々道端で困っている人間を見つけてはうちの事務所に連れて来て自分の名義で依頼をしに来る。お陰でこっちは数か月以上仕事が来ない事は無いが、「困っている人」と見ると誰彼構わず反応するアカミの性格ゆえ、どれも少なからず面倒な要素を含んでいる。更にタチの悪い事には、知り合いのよしみで依頼料を値切ろうとさえする。
何か勘違いしているらしいが、私情と仕事は別の事、それはそれ、これはこれである。馬鹿にしやがって。
仕事を持って来てくれるのは良いが、こっちも慈善事業でやっている訳じゃない。もしも万が一、取り返しの付かない事態にでもなったら一体どうしてくれるのか。こっちもアカミの持って来る事件にばかり手を煩わせている訳にも行かないのだ。この街にはお前の連れて来る依頼人以上に俺達を必要としている人達が沢山居るんだよ、多分。探せば居るさ、きっと。二千人に一人位は。居るかもしれないじゃないか。居たらどうするんだよ。
長々と書いたが、早い話が、街中に恥を晒しながら猫を探し回ったり、暴力団が毎日家に押しかけて来たり、その他諸々の要因で
だから、今日と言う今日はアカミにはっきり抗議して言い聞かせてやるつもりで、俺はアカミに言ってやった。
「………何だよ、またお前か。お前、もう、いい加減にしろよ。こっちは毎回迷惑なんだよ!」
「その言い草は無いんじゃないの、
アカミの声を聴いた時とはまた違う、ぎくり、と神経の何処かを刺される様な嫌な感じが身体を通り抜けた。
かなり癖の強い、
「取り敢えず中入っていいかなァ、外、くっそ暑いんだけど。お前が大声出すから依頼人さんが怖がっちゃって入れないじゃん」
「……ウコン、か?」
「……
悪態をついていた女の表情が、一瞬だけ子供の様に惚けた。
アカミがちょっと戸惑っているこの口の悪い女の顔とキントキを交互に見てニコニコしていた。
女の全身から発散されていた険悪なオーラが、キントキに一声かけられただけで、シュンッとすぼんで小さくなったみたいだった。
ああそうだ、こいつら昔付き合ってたんだっけ。
芝居がかって部屋を見渡して、キントキが台詞を吐く。
「俺に登大、ウコンにアカミちゃんか…………懐かしいじゃないか。随分久し振りに、高校の親友同士の四人が揃ったからな」
だが俺はその時、貴河の隣に居るもう一人の人物に目が行っていた。
白地に黒やピンクのペンキを垂らした様な独特のデザインの服を着た、華奢な少女。木の葉型をした大きな目一杯に警戒心を漲らせ、上目使いにこちらをじっと見ている
「君かな?俺達の助けが必要だと言うのは」
そんな心の叫びもキントキには届かないのか、無遠慮に玄関を出てつかつかと少女に歩み寄ると、しゃがんで視線を合わせた。長身なキントキに対して少女はかなり小柄で身長差があり、警戒心が一層強まったのが分かる。今だ、やってしまえ。そのキザ野郎の鼻を喰いちぎってしまえ。
「君のお名前をお伺いしたい、小さな可愛らしいお嬢さん」
「……
この世の全てが信用出来ないながらも、その中で見つけた微かな光に縋るかの様に少女がおずおずと口を開いた。
「ああ、引き受けるともさ。困っている女性の頼みを無下に断るのは犯罪行為だと憲法にも書いてある。世間の常識じゃないか。
スモモと、それからウコンも、そんな所に立っていないで、中に入ったら良い。大したもてなしも出来ないが、キンキンに冷えた麦茶の一杯位なら出せるさ。詳しく話を聞かせてもらおう。
構わないな、登大?」
わあっと目を輝かせるアカミ、事務所に入って来る貴河と、それに、スモモと名乗った少女。
あまりわざとらしく見えない程度に、さりげなく溜め息をついてから、俺は
どうやらこの人を馬鹿にしたくそったれの世の中と言うやつは、まだ俺をゆっくり休ませてくれないつもりらしい。良いだろう、またイベントに付き合ってやろうじゃないか。どうせどんな内容だって、最低以上に悪いことなど起こらないのだから。
実際、アカミが持って来た今回の依頼とそれにまつわる一連の出来事は、とても長い事件になった。
何時の日か自分の中で、「物語」、と呼ばれる様になるのだろうか。その全てを受け入れる事が出来た日には。
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