夏が動き出す。④

 アカミが最初に俺たちの所に依頼にやって来たのは数年前の冬、俺達が探偵を始めてすぐの頃だった。

 その時のこいつは一人の老婆を連れていた。思えばそれが全ての始まりだったのだろう。見知らぬ一般人の手助けを手伝ってくれる所は無いかと探して、たまたま目に留まったのがうちの事務所だったのだ。

 

 ドアが開くとかつての学友おれ達への挨拶もそこそこに、アカミは簡潔に用件を述べた。


『この人の大事な家族の行方が分からなくなっちゃったんだって。お願いダイダイ君キントキ君、一緒に捜すの手伝ってあげて!』

 

 俺もキントキも最初は何事かと思ったが、老婆によくよく話を聞いてみれば、今朝から飼っている猫の姿が見えず、いくら捜しても見つからないとの事だった。

 猫なんて飼い主の見ていない間にひょいひょい何処かへ散歩に行きそうな気もしたが、まだアカミの本質を知らなかった俺達は貴重な依頼を無下に断る事も出来ず、取り敢えず4人で野良猫の多そうな公園の前の通りに繰り出した。

 

 通りに立った俺は、野良猫を捕まえて三味線しゃみせん屋に売って生計を立てていたと言う昔の京都に住んでいた男の話を思い出した。それ位沢山の猫が居たと言う事だが、ここらの猫は一様に人に懐いていないのか近づこうとするとすごいスピードで逃げてしまうので、目の色が緑色だとか、首輪の色が赤だとか、老婆の証言に従って迷い猫の細かい特徴まで確認しようが無かった。

 最初は多少面白がっていたキントキも流石に疲れて来たのか、「何か他に捜す手がかりはありませんか?」と訊ねると、老婆からはとんでもない答えが返って来た。


『そういえばあの子、音楽を流してると寄ってくるのよ。

 吹奏楽部の孫の演奏を聴きながら、ニャー、ニャーって鳴いて……』

 そこからはもう、最悪だった。


 サックスに息を吹き込んで、風の吹き抜ける音を鳴らそうとするアカミ。

 ホルンを顔を真っ赤にして鳴らそうとする婆さん。

 体をくねくね動かしながらエレキギターを引っ掻くキントキ。

 数種類の楽器の中から、カスタネットを持たされた俺。別に雑に扱われている訳ではない、こういう場合は簡単なやつの方が面倒が無いのだ。


 ろくに楽器を奏でる技術がある訳でもない癖に、チンドン屋よろしく騒音を撒き散らしながら通りを練り歩く俺達の姿を遠巻きに見ている人々の視線が全身をチクチクと刺す様だった。

 と言うか、音に驚いた猫達は全部逃げてしまった。


 『こう言うのはどうだ?俺達みんなで楽器を奏でて迷い猫をおびき出すのさ』なんて、キントキは多分冗談で言ったに違いない。その戯言を真に受けたアカミは、『分かった、じゃあ私、大学の音楽科から楽器借りて来るね!』と言って何処かに消えたかと思うと、何処からともなく大量の楽器を調達して来た。そんな仕事の速さは要らん。

 アカミも恥ずかしいとは思っている様子だったが、こいつはそれが老婆と猫の為になると本気で思っているらしく、必死な様子だった。アカミは何時いつだって、自分の事よりも名も知らない誰かの為に必死になる。

 キントキはと言うと、周囲の目は一切気に留めず、普通にロッカーの真似事を楽しんでいた。はっ倒してやろうかと思った。

 結局、そこらを散々歩き回って捜した挙句、婆さんがお茶を淹れてあげるから寄っていけと言うので疲れ果てて婆さんの家に上がり込むと、出したばかりのこたつの中で捜索対象の猫が丸くなっていたのだった。


 アカミのくたびれ儲けに付き合わされたのは勿論この一回だけでは無い。例えばある日アカミは眼鏡をかけたおどおどとした男を事務所に連れて来た。

 男の依頼は『電車の中に忘れて来た荷物を代わりに取ってきて欲しい。礼は言い値で払う』と言う、割が良すぎてむしろ不穏な匂いのする物だったが、もとよりそう言う仕事を求めているキントキは二つ返事で引き受けてしまった。駅に連絡して男のリュックサックを回収し、任務完了かと思われたが、男はそれっきり音信不通、どころか何日も家にも帰っていない事が発覚し、行方不明になってしまった上、取って来たリュックを開けてみれば、全編理解不能の暗号で書かれた謎の資料がドサドサと出て来た。

 何の資料だったのかは今でも分からないが、それから数か月間、我等が事務所は資料を狙う外国の諜報部員やら複数の暴力団やらの影に通常業務を脅かされ続け、冗談抜きで一度は存亡の危機に陥りかけたのだ。

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