夏が動き出す。②

 来客用のドアのインターホンがけたたましくなる音で、現実に引き戻された。

「申し訳ございません、少々お待ちください。……………異例の事態だな。登大、この勝負の続きはまた後だ。この一戦の決着が付いた暁には、お前はあとで俺のアイスを買って来る羽目になるぜ」

 

 キントキの奴は、ちょっとした事でも何かに付けて異例の事態だ、と言う。

 この暑い日々の中、怠惰なエアコンのお陰で生温くなった部屋の中で、どちらがコンビニでアイスを買って来るか。億万長者になる手段の筈だった、そんなたわいもない勝負の途中経過が分からなくならないよう、俺とキントキは盤の四隅を持って、盤上の駒が動かないように奥へと運んで行く。そんな事をしている間にも鳴り続けるインターホン。ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン!

「はい、すいません少々お待ちを!…………どっちの番だっけ?俺の番で終わったよな?」

 将棋盤を運び込み、キントキが来客に応じる。

「大変お待たせ致しました、いや申し訳ない、二度とこんな………………………

 ………よぉ、何だ、アカミちゃんじゃないか」


 奥の部屋の中で、ぎくっと身体を硬直させた。アカミって、どのアカミだ?

 訪問者が俺のよく知っているアカミで無い事を祈った。

「キントキく~ん、暫く振り~。ねえ、ダイダイ君は?居ないの?」

 

「………………嘘だろおい」

 思わず口をついて言葉が出てしまった。

 硬直が無くなった代わりに、脱力感が一瞬で全身を支配した。代木しろぎ登大とうだい――代橙大――だい・だいだい・だい――『ダイダイ』。そのあだ名は、俺のよく知っている、あの女が付けた物だ。

 

 観念した俺はカタツムリの様に奥の部屋から顔を出す。赤と黒の柄が入ったTシャツにチノパンツとスポーティーかつ飾り気の無いファッション。こいつの服装は大抵いつもこんな感じだ。

「………………今度は何をしに来たんだよ」

「あ、ダイダイ君だ。やっほー」


 活発そうで、悪戯っぽくて、目がチカチカしそうな眩しい笑顔の女性がこっちに向かって手を振っている。

 青黄あおき赤美あかみ、我らが事務所の愛すべき、最強の様のご案内だ。

 


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