誕生日プレゼント

 つつつ、と指先で一番上にお目見えした品物の手触りを確かめてみる。


「さて問題です。さらさらした張りのある薄紫色のこの布。これはいったいなんでしょう? ……これで新しい服でも縫えということかしら?」


 独り言大暴走もそこそこに、無理矢理つめこまれた感のある布をガサゴソと袋から引っ張り出す。


 見て確かめるのが手っ取り早い。


 中から出てきたもの。

 思ったよりも重量感のある布の塊は他でもないーードレスだった。おそらく新品の。


「?  はて?  いったいどういう風の吹き回しでしょうか? 異常気象の前触れ? 前兆? そういえば今朝は大雪でしたね。あ! でも私が今日誕生日だから、ってそんなわけないですね。失敬。取り乱しました。アリエナイ。アリエナイ」


 頭を二、三度横に振って雑念を追い出す。


 ノアは王宮中から嫌われているのだ。

 そんな自分に都合の良い解釈などしてはいけない。


 手にしたドレスを皺にならないよう丁寧に置き、再び麻の袋の中を確認しようと手を伸ばす。


 ドレスが出されてずいぶんとしょんぼりした袋の中には、本も食糧も入っていなかった。


 入っていたのは一通の手紙。

 「ちぇ」と軽く舌打ちしたくなる衝動を抑え、しぶしぶ手紙に目を通した。


「えっと……『ノア、十七歳のお誕生日おめでとう。あなたにドレスをプレゼントするわ。ぜひそれを着て今日の昼食会にいらっしゃい』ですって⁉︎」


 丁寧に綴られた字は間違いなくリリアーヌ妃の直筆。見間違うはずなどあるわけがない。


 つまりこれは世間一般でいう母から娘への“バースデーカード”というもので。


「まさか。まさか。まさか。こんな日がくるなんて。本当に⁉︎」


 何度も何度も文面を行ったり来たり読みこむ。


 ついでに頬を思いっきりつねってみる。

 うん。幻でもなければ夢でもなさそうだ。


「鳥肌を立てている場合ではないですよ。これは大事件です! はっ! 今は何時でしょう⁉︎」


 のんびりしている時間はない。

 せっかく昼食会に誘っていただいたのだから、うんとおめかしをして行かなければ。


 そこで、ふとノアの動きが止まる。ーー待てよ、と。


「“息をしているだけで周りに不幸を呼び寄せる女”不動の世界一位の私に、なぜ今さらこのようなお誘いが?」


 遡ること十数年前。

 ノアの不幸体質は覚醒した。


 五歳。乗馬の訓練中、国一番の血統馬にノアが乗るや否やいきなり吐血。そのまま還らぬ馬となる。


 七歳。王族貴族の子息令嬢が通う歴史ある学校に入学したその日に学舎が火事で全焼。通えなくなる。


 十歳。初夏にハイキングへ友人と出かけたらなぜか突然の猛吹雪に襲われ遭難し、友人共々本気で死にかける。


 ちなみに暴露すると、こんなのはまだ序ノ口だったりする。


「私に触れられて全身蕁麻疹だらけになる奇病にかかった人もいましたし、話しかけたりしたら喉の痛みを訴えて苦しみ始めるし。遊び半分で私のことを抱きしめたキース兄様は意識不明の重体で生死の境を彷徨ってしまいましたし」


 年々強くなっていく不幸体質に加え、おそらく最後のそれが引き金になったのだろう。


 キースは長男であり、次期国王になる人で、誰よりも愛されて育った人。

 だから、余分に怒りをかってしまった。


 以来“不必要な姫”として王宮を放り出され、ノアはここで一人暮らしをしている。

 この四年間、誰とも口を聞いていなければ、姿を見たことすらない。


「昼食会を餌におびき寄せ、睡眠薬で眠らせて昏睡状態にしてから公開処刑か……ありえる。否定する要素が微塵もありませんね」


 胸で十字をきりつつ、死装束になるかもしれないドレスにちらりと目をやる。

 着る気が失せた。失せたが。


「昼食会をすっぽかしたら、不敬罪で公開処刑では? これじゃ前にも後ろにも進めやしないじゃないですか」


 やれやれと肩をすくめる。


 王宮から逃げ出す、なんてことも考えたが、自分の不幸体質のせいで周りに迷惑がかかる。意図せずとも勝手に不幸が起こる。


 いつ、どこで、何が起こるかはわからない。ノアにはどうにもできない。


「ならばいっそのこと、死んでしまうのもいいかもしれませんね」


 迷惑をかけてばかりの幸薄い不幸人生にさよならして、次こそは普通で平凡な生活を送れる人間に生まれ変わる。悪くない。


 瞬きひとつ。


 ノアの手はすでにドレスへと伸びていた。

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