アライさん、悩む。

アライさん、洗う?

 皆で協力して、港の後片付けをしている途中のことです。ちょうどボスがじゃぱりまんを持ってきてくれたので、休憩がてら食事をとることにしました。

 フェネックとアライさんが受け取りにいこうとしたとき、全身の朱色が特徴的なフレンズが、ふたりの前にやって来ました。今はトキとユニットを組んでいる、ショウジョウトキです。

「はい、持ってきてあげました」

 差し出されたのは、じゃぱりまんが二つ。

「ありがと~」

「ありがとうなのだ!」

 さっそく食べようと、あーんと口を開けたアライさんは、トキがわくわくした眼差しで自分を見ていることに気づきました。

「……トキは食べないのか?」

「いえ、食べますよ」

 そう言ったものの、トキはアライさんをじっと見つめたままです。フェネックが首を傾げて、

「どうしたの?」

「いえ、なんでもないです。……ただ、ちょっと」

「ちょっと、なに?」

「博士に聞いたんですけど――」

 それを聞いて、アライさんの顔色が変わります。トキは気づかず、

「――あって思って」

「そ、それは……」

 アライさんが震える声で言うと、

「アライグマって名前、手とか食べ物を洗うってところからついた名前なんでしょう? 図々しいかもしれないけれど、一度見てみたいって思いまして……駄目ですか?」

 トキが手を合わせて頼みます。一方のアライさんはほとんど顔色を青くして、ぷるぷる震え始めました。

「あ、アライさんは……。アライさんは……洗わな――」

「あらわな?」

「ぐうう……。洗うところなんて、お前には見せてやらんのだー!」

 それだけ叫ぶと、アライさんはじゃぱりまんもその場に放り出し、猛スピードで走り去ってしまいました。

「そ、そんなに嫌だったのでしょうか……?」

 その場に残されたトキが、同じく残されたフェネックに訊きます。

「う~ん、どうなんだろう……」


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 周囲に誰もいないことを確認して、アライさんは地面に倒れこみました。

 涼しい風が吹いて、体温を下げていきます。

 静かに耳を澄ますと、小さく水の流れる音が聴こえてきます。身体を起こしてそちらへ行くと、ちょっとした大きさの川が流れていました。

 流れる川を眺め、アライさんは肩を落とします。

「いったい、誰がこんな名前をつけたのだ……」

 初めて博士に会って、自分の名前を知った時、アライさんはその由来も教えてもらいました。つまり、先ほどトキが言った通りのことです。

「……でも」

 しかしアライさんには、何かを洗ったことなど一度もありません。動物だった頃も、フレンズになってからもです。

 そりゃあ昔はすこし眼が悪かったので、川に手を入れて物を捜したことも、一度や二度はありました。ですが決して手を洗っていたわけではありません。こんな誤解を受け、しかも名前にまでされてしまうなんて、全く考えの外です。

「……でも~」

 さらに厄介なことに、その誤解に気づいた頃には、アライさんは自分の名前をすっかり好きになってしまっていたのです。今更本当のことを言って「テサグリグマ」に改名するなんて、まっぴらごめんでした。

「はあ……」

 川の水面に映る自分の顔が歪みます。

 置き去りにしてしまったフェネックとトキの顔が思い浮かびました。もうどうすれば良いのか、さっぱりわかりません。

 その時。

「お~い、アライさ~ん」

「ふぇ、フェネック!?」

 突然の声に驚いて振り向くと、すぐ後ろまでフェネックが迫っていました。

「も~、急に走っていくのはいつものことだけど、びっくりしたよ~」

「…………」

「はい、じゃぱりまん。ここで一緒に食べよっか」

 フェネックが持ってきたじゃぱりまんを、アライさんは無言で受け取ります。

 しばらくの間、ふたりの食事する音だけがしていました。

「ふぅ、お腹いっぱい」

 フェネックがぽんぽんとお腹をたたきます。

「お腹いっぱいになると、眠くなってくるねぇ」

「……フェネック」

「なーに? アライさん」

「フェネックは、アライさんが――い、いや! たとえばの話なのだ! たとえばの!」

「うん、たとえばの話ね~」

「たとえば……、木登りがとっても得意な、『キノボリグマ』というフレンズがいたとするのだ」

「うんうん」

「でも、本当はそいつは……。そいつは、木登りなんてしたこともなかったのだ」

「あらまあ」

 フェネックが大袈裟に驚いて見せます。

「みんなはそいつに、洗って――じゃなくて、木登りをしてみせて、と言うけど、そんなことはできないのだ。キノボレナイグマなのだ。でも……」

「でも、なあに?」

「……でも、みんなを期待しているのだ。そんな名前がついているんだから、をしないといけないって、自分でもわかっているのだ」

「……うん」

 アライさんは俯いて、両膝の間に自分の頭を挟みました。

「フェネックは、アライさ――そんな奴がいたら、どう思うのだ?」

「そうだな~」

「…………」

 どぼん。

 フェネックはいきなり、アライさんを川に突き落としました。

「うぇっぷ、ふぇ、フェネック! 何するのだ!」

 突然のことに慌てつつも、川面から怒ります。

 フェネックはそれには答えず、独り言のように、

「アライさんって、泳ぐの上手いよね~。私は泳げないもん」

「ふぇ?」

 アライさんは自分の身体を見つめました。特に意識したことはありませんでしたが、言われてみると、普通に川を泳いでいます。

「ま、まあアライさんにはこれくらい、お手のものなのだ!」

「あとは木登りも上手いよね~」

「木登りなんて、お茶の子さいさいなのだ!」

 泳ぎながら、アライさんは器用に胸を張りました。

「……はい」

「ありがとうなのだ」

 フェネックが手を差し出してくれ、それに摑まって岸に上がります。


「……ねえ、アライさん」

「ん?」

「アライさんはさ、何があってもアライさんだよ。泳ぐのも木登りも得意で、明後日の方に走っていくのが得意でさ……」

「それくらい、アライさんにお任せなのだ! ……あれ、今の、褒められてるのか?」

「もっちろん、褒めてるよ」

「ならいいのだ」

 納得した様子のアライさんを見て、フェネックはすこし微笑わらいました。

「だから……。アライさんがアライさんかどうか、私がずっとそばにいて、見ててあげるから。だから安心して」

「アライさんがアライさんかどうか……? 時々フェネックはよくわからないことを言うのだ……」

「あはは」

 フェネックは苦笑しました。

「でも、ありがとうなのだ! よくわかんないけど、それはフェネックにお願いするのだ!」

「――え?」

 フェネックがきょとんとした顔になりました。それを見て、アライさんも不安そうな表情になります。

「駄目なのか……?」

「……ううん、わかった。お願いされるよ~」



「ねえ、アライグマって、食べ物を洗うんでしょ? 見せて見せて~」

「ふははは、サーバルには見せてやらないのだ!」

「ひっどーい! どうすれば見せてくれるの?」

「それは……」

 言葉につまってしまったアライさんの代わりに、背後からひょっこり現れたフェネックが答えます。

「それは、秘密だよ」

「えー」

 サーバルの不満げな声が響き、やがて、笑い声に変わりました。

 

 

 

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アライさん、悩む。 @udon_CO

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