金柳健太の場合

「鬱だ」

 なぜ人は生きるために働かねばならないのか? もうここ数年仕事に追われ疲れきった彼の名は金柳健太。

 働くということは自立、自立であるのならば自分が基盤。彼は無理をしすぎていた。

 連日の残業に疲れ切り、すり減った心の余裕さはもうないに近かった。そんなある日。

 新卒でほぼ同じ時期に就職した、二村薫のことを思いだした。確か、行方不明だと聞く。

「……」

 フラフラと駅のホームを歩き、ベンチに座る。

「……動画でも観るか」

 金柳はスマホで動画サイトを開いた。一般的に今流行っている動画サイト。R18から何から何まで動画がアップロードされている。

 ◆新着! 赤い服の女 17:30

「? 今何時だ……」

 金柳の観た時間は、丁度同じ時間だった。今日は珍しく残業が無かったが、久々の定時だと浮かれている訳でもなかった。

「……」

 サムネ画像を観る限り、景色しか映っていない。再生しようと思い、プレイボタンを押す。

 ジリリリリリン!

「!」

 持っているスマホから電話の音、しかも昔の黒電話の音が流れる。こんな音には設定していない。相手側も非通知と表示されている。

「……」

 何故か悪寒が走る。非通知と表示されているのなら普通だろう。しかし、そこには――

 【非通知:二村薫】

「二村? ……なんだよこれ……」

 スマホの表示では非通知と出ながらも二村薫と出ている。行方不明の二村からの電話だと思った。

 しかし、出るのに戸惑う。すると、スマホの誤動作なのか、何故か通話中になってしまう。

『……た……す……け』

 スピーカーモードで聴こえる、その苦しそうな声に金柳は動揺をしていた。

 何かの事件に巻き込まれているのか? 心配よりもむしろ動揺が先だった。

「に……二村なのか?」

 ツー……ツー……

 応答してみたがすぐに電話が切られた。スマホをじっと見つめる。

「……」

 平静さを取り戻すまで十分間、心臓の強い動きが本能的にこれは危険だと言っているように思えた。

 十分後、冷静になってきてから二村を電話帳候補から探す。

「……やっぱり変だ」

 そこには行方不明になる前の二村の電話番号とメアド、二村の名がフルネームで登録してある。

 何回電話しても通じなかった二村の番号であることは分かっている。しかし、あれは確かに二村の声だった。

「そうだ……警察に知らせた方がいい……!」

 そう思い通報しようとした。

「え」

 ツー……ツー……

 繋がらない、圏外になっている。

「なんで……」

 ジリリリリン!

 また黒電話の音が聴こえる。今度はカメラ機能を使ったビデオ通話。

「な……何なんだよ」

 そう言って一瞬周りを確認する。

「え?」

 駅のホームにいたはずだった。しかし、周りに見えたその景色は、見覚えのない暗い部屋のソファの上だった。

「なんで? ……どこだよここ……」

 床を観ると女性物の下着や服が散乱している。

「……」

『わたしメリーさん』

 それは二村の声だ。何が起きているのかいまいち分からない。しかし、今の状況が自分で判断できないことはわかっていた。

「お前……二村だろ?」

 スピーカーモードのスマホに映る長い髪の女性に言うが、一分ほど間がありビデオ通話が切られる。暫くの間静寂が流れる。

「なんの冗談だよ……」

 金柳健太は、元々大人しい性格で特に秀でたところがあまりないような一般人。

 そんな金柳からすれば、こんな状況は遭遇するまであり得ないことだった。現実が受け止められず部屋の出口を探そうとする。

 幸いすぐに出口は見つかった。普通に玄関がある。しかし、ここが誰の部屋なのかはまだわかっていなかった。

 玄関のドアを開けようとすると、ポストに何かの郵送物が投函されてきた。

 誰宛なのかが分かれば少しは安心できると思った金柳は、投函されたハガキを観て絶句する。

「二村……薫……」

 自然に声に出して読んでいた。そして、そこが二村の住んでいる所だと把握だけできた。

 なぜ駅のホームから二村の家まで来たのかがわからなかったが、駅のホームにいたときと違ってスマホが圏外とは表示されていなかった。

 急いで警察に電話するが繋がらない。

「冗談だろ……!」

 嫌な想像しかできない、自分がこれからどうなるのか分からない。この怪奇現象をどうやって伝えるべきか?

「一言SNS……そうだ! これなら!」

 ▼誰か助けて!

 金柳は必死に一言SNSに投稿をする。しかし、先程の一文を打った以降、何故か何度打っても投稿ができない。

 自分の投稿は特に誰も反応しない。そんな絶望的な状況下の中、金柳は玄関を開けようとドアノブに手をかける。

 ジリリリリリン!

「ひっ!」

 思わずスマホを玄関に投げる。ビデオ通話は勝手に繋がり、先程の二村の姿が映る。

『わたしメリーさん。今あなたの前にいるの』

 玄関の扉が開けられようとしていたが、本能的に金柳はこの状況で自分の命が危ないと判断した。

 ガチャガチャガチャ! ガチャ! ガチャガチャ!

 ドンドン! ドン!

 扉を開けられないようにしてチェーンを付け、二十分ほどの間それが続いていたが収まる。

「何なんだよ……!」

 そう言って玄関に背を向けて座り込んでからスマホの画面を観ていると、自分らしき姿が映っている。

「え?」

『わたしメリーさん。今あなたの前で笑ってるの』

 声はスマホからも自分の目の前からもした。目の前には、赤い服を着た二村が、スマホを自分に向けて立っていた。

「ハッハッハッハ……アッハッハッハッハッ……!」

 ビクビクと怯える目でその笑っている二村を観ていたが、次の瞬間何か重い衝撃が頭に走った。

 自分に何が起きたのかと確認しようとするが、そのまま金柳健太は動かなくなった。


 金柳健太は、駅のホームでスマホを握っている状態で発見される。

 額には、包丁が刺さっていたとされる。

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