第7話 心の声を追い出して

 トリュフを冷やし固めている間に残ったチョコレートで恒例のフォンデュを楽しみながら、あたしはようやく事の顛末を正確に伝えることに成功した。


「なあんだ。結局、ももちゃんがかなえの王子様だったって話か」

「ごちそうさま〜♪」

「あーもう、全然違う」


 凜花が半ば呆れ気味に言うと、杏がニヤニヤ笑ってあたしを小突いた。

 どう話してもからかわれることはわかりきっていたんだけど、不思議と絶対誤解を解かなきゃと焦る気持ちは起こらなかった。

 あの日の百瀬は、確かに見かけによらずかっこよかったわけだし。


「その上級生たち、きっとかなえに構われたくてちょっかい出したんだよ。あの頃から既にずば抜けてスタイルよかったもん。かなえ」


 凜花は両手を振ってボン・キュッ・ボンと女性の体を描いてニヤニヤ笑った。


「えっ。女装って言ったんだよ⁈ そんなふうになんか思えない!」

「そうだよ。笑い事じゃない。そんな事言われても嬉しいはずないし。全く、相手を腐して仲良くなれるわけないのに、なーんでキモいとか言うんだろ。どんな気持ちになるか想像できないのかな」


 憤慨した杏がチョコのたっぷりかかったいちごを頬張る。

 杏の言うとおりだ。嫌なこと言っといて、構われたかっただなんて言い訳されても、許す気になんかなれない。

 大きく頷いていると、今度は由美子が四年生のバスケットクラブで一緒だった人なんだよね、と前置きして庇い立てするようなことを言った。


「でも、かなえちゃん、大葉くんたち男子ともよく話してたし、物怖じしないから、自分たちとも仲良くしてもらえるって期待したのかも。軽い気持ちだったんじゃないかな」

「軽い気持ちって、こっちはどれだけ引きずったと思ってるの? 先輩だし、話したこともないのに。距離感バグってる」


 由美子の言葉にカチンときた。

 男子の気持ちをわかってあげられない、あたしが悪いみたい。

 そんなことで傷つくあたしがおかしいと言われているみたいに感じたんだ。

 由美子はあたしの怒りに押されたのか、慌てて自分の言葉を否定した。


「あっ。かなえちゃんが引きずってるのが悪いって、そう言う意味じゃないの。ただ、相手はかなえちゃんに構ってもらえる子が羨ましかっただけで、言葉に意味はないって言うか。だからそんなに思い詰めなくてよかったんだよって言いたくて……」

「でもあたし、怖かったんだよ?」


 あんなにショックだったのに、思い詰めなくてもよかったなんて。

 モヤモヤしたあたしの気持ちを杏が拾ってくれる


「かなえのことが羨ましいのは由美子でしょ。かなえみたいに気軽に大葉南朋と話せるようになりたいもんね? あんなことされたら、私だって思い詰める。構われたかったんだろうが、なんだろうが、そんなのかなえを傷つけていい理由にはならないよ」

「そうだね。気持ちをわかってあげられなくて、ごめん」

 

 労わるような眼差しに、相手の言葉には深い意味なんてなかったんだよって言う、由美子なりの慰めだったんだと気がつく。

 間に入り、フォローするように凛花が口を開く。


「まあ、私もかなえが羨ましいんだけどね。私じゃどんな格好しようがどうせスルーされるんだろうし。でもまさかそれで、かなえが何年もおしゃれから遠ざかる事になってるなんて、やつらは知らないんだろなぁ」


 あたしが羨ましい? 凜花まで?

 そんなふうに思われていたなんて思いも寄らない。


 あたしは、あの日の出来事を深く深く記憶の奥底に沈めて、見つめようとしなかった。

 恥ずかしくて、人になんかとても言えないと一人で蹲っていた。

 おしゃれな友達を見るたび、あたしをこんなふうにした声を思い出し、わざわざ繰り返しあの日を反芻し続けてきたのだ。


「なんか、あたしバカみたい」


 由美子も、凜花も、あたしと同じように、思うようでない自分の姿にもがいていたのに全然気が付かなかった。

 あたしひとりが落ち込んでると思ってたんだと思うと、おかしかった。


「ちがう。バカなのは、かなえじゃない。関わり方を知らない相手の方よ」


 杏が力強く言い切る。。


「私も反省しよ。かなえ、日々巨乳巨乳言ってセクハラして悪かったわ」

「凜花、それ本気で悪いと思ってる?」


 凜花はイシシと気持ち悪い笑みを浮かべ、いきなり叫んだ。


「だって、心底うらやましーんだあああ!!」

「私も。羨ましいな」

「まったく、何をそんなに力説してんのよ、凛花は」

 

 あたしだけだと思い詰め、あんなにも遠いと思っていたのに、今はみんなこんなにも近い。


「あたしも、みんなが羨ましい。お互い様だね」


 くすりと笑って由美子と杏があたしを見つめる。

 ひどい言葉を投げられて惨めな思いをしていたのは、あたしだけじゃなかった。

 なのに、あたしは目を閉じて、あたしだけだ、あたしに問題があるんだって決めつけた。

 自分が自分におしゃれを禁じたんだ。

 みんなとは違って劣っていると思い込んで、人を退け、うらやんで。


 あの日、蹲っていた小さなあたしを、みんなが迎えに来て抱きしめてくれたような気がした。

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