第6話 呪いの言葉・魔法の言葉
杏は腰に手を当て大きくため息を付いた。
「はーん。ももちゃんって、そんなひどい事言うんだ。男子の中じゃ女心がわかる方だと思ってたけど。失望だわ」
「あの子も、所詮はバカ男子か」
「いや、そうじゃなくって……」
鼻水がたれてしまいそうで、ティッシュを求め周囲を見回す。
「男子ってさ、なにかにつけちゃ、ブス、きもって言うよね。ガン見しといて、出てくる言葉はふっとい足って……最低だよ」
杏はタイトスカートの腿をさすり、太ももにくい込んだニーハイソックスに人差し指を突っ込んで、履き口を伸ばした。
着圧なのか、腿には規則正しく並んだ線路の枕木のように、履き口の縦のラインが赤く浮かび上がっている。
凛がソファーに飛び込み、ふんぞり返る。
「ほんと。まな板レベルで色気ゼロとかさ。浮かんだことすぐ口にする。傷つくってわかんないのかな。ちっとは脳みそ通して出して欲しいわ」
リボンが胸元を飾っているから全然気にならなかったが、凛花の胸は今でも華奢な少年のようにストンとしている。
こちらも相当な恨みがあるようだ。
由美子がパイレックスのボールを手にリビングに戻ってきた。
「お待たせ。ごめんね、湯せんに使える大きいボール、めったに使わないから物置にしまってあって……どうしたの?」
凜花は、エプロンの上からでもわかる由美子の形の良い胸を恨めしげに見る。
「こんな大和撫子とつるんでっから、自分はダメって勘違いしちゃったんじゃないの? かなえ」
「えっ?」
急に語気強く責められて困惑した由美子が、せわしなく瞬きする。
その姿はひとりぼっちの小動物のようで、同性のあたしでも守ってあげたくなるくらい可愛い。
あたしはようやく鞄の奥に見つけたポケットティッシュで思い切り鼻を噛んだ。
「違う違う。由美子のせいなわけない。百瀬だって全然悪くなくって……」
「かばわなくていーの。ショックだったんだよね。好きだったのに、ひどいこと言われて」
「だから、好きじゃないし……」
「バカは誰にだってヤなこというの。間に受けて長い間引きずってるなんて、かなえもほーんとバカ」
凛花が抱きつく。
自分の恨みを重ねてヒートアップしている二人には、あたしの声が届かない。
でも驚いた。二人がそんな嫌な思いをしてきてたなんて。
あたしだけじゃないんだ。
凜花はソファーから身を乗り出し、あたしの肩を引き寄せた。
「可愛くなっちゃえばいいんだよ。かなえは足もすらっとしてるし、胸もおっきいんだし。こんな色気のない服なんかやめて、指も顔もぴったりな色のせてさ。バカにする方が恥ずかしくなるくらい、オシャレを楽しんじゃえばいいのよ」
「かなえちゃんは可愛いよ。昔から変わらず、ずっと」
事情を知らない由美子もソファーの正面に座ってあたしを励ます。
そういえば由美子はどんな時も、あたしに可愛いって言い続けてくれていた気がする。
凛花があたしのみつあみを解く
「さぁ、変身するよっ。髪は同じ天パの私が適任ね」
「ちょっと、何すんの」
「いいから座る!」
自分のトートバッグから高級そうな獣毛ブラシを取り出して、凛花は命令した。それから優しく毛先をほぐしはじめる。
「あたしよりちょっと癖が強いけど、ももちゃんよりは全然マシね」
「比べないでよ」
ラピュタに出てくるドーラおばさんみたいに剛毛なあたしと違って、百瀬の髪はゴールデンレトリバーみたいにふわふわで柔らかそうに見える。
凛花はスタイリングウォーターを取り出すと、ピストルを打つみたいに構えて髪にじゃっとふりかけた。
「なによ。かなえが本当は人と比べてばっかなのくらい、知ってるんだからね」
「凛花だってそうじゃん。かなえの胸がでかいからってすぐ触ろうとする。さ、かなえ。手を出して」
杏が口を挟み、あたしの手を取る。
マニキュアの瓶から、いかにも作り物といった感じのチープなオレンジの香りが漂ってくる。
「そら貧乳だったら、一度は巨乳に憧れるでしょうよ」
「凛花ちゃん、言い方……」
凛花が口を尖らせて開き直ると、由美子がやんわりたしなめる。
正直、胸なんてない方が、服もおしゃれに見えていいと思うけど、なんで大きい方がいいって思うんだろう。なんて凛花の前じゃとても言えない。
ラメの入った黒くて細いヘアバンドを三つ、あたしの髪に差し混むと、凜花はワックスを伸ばした手で毛束をふんわり整えた。
きれいに決まるように、何度も練習してきたんだろう。やけに手際がいい。
「次はあたしの出番ね。きっと合うよ。目を閉じて」
マニキュアを塗り終えた杏が、クリームを塗った指を近づける。
チーク、ペンシル、それからブラシを唇へと手際よく滑らせていく。
「よしうまくいった。かなえみたいな派手顔がケバくならないメイクって、難しいのよ」
「さすが。自分の顔で、失敗を積み重ねた成果だね!」
「……凛花、後で覚えてろ」
茶化す凛花に杏がドスを効かせる。
凛花はソファーから降りると、あたしの姿を正面左右と見回した。
「うん、可愛い。さすが私たち」
「ほらっ、かなえも見てごらん」
杏が手鏡を差し出す。
「すごく可愛いよ。かなえちゃん」
由美子の声に三人が一斉に声をそろえた。
「信じて」
鏡の中のあたしは、あたしのなりたかった、なによりあたしらしい顔をしていた。
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