第3話 コンプレックスと淡い恋

「由美子もようやくチョコあげる気になったか。大葉南朋おおばなおに。彼を追ってわざわざバスケットクラブに入ったり、健気だったもんね、由美子」

「そんなんじゃ……」


 由美子は困ったように首を傾げた。


「かなえは百瀬ももせくんでしょ! お似合いだったなぁ。イケメン女子のかなえと、かわいい系男子のももちゃん。二人は相変わらずキャンキャンやってんの?」


 恋バナとなると俄然がぜん前のめりになる二人の追求は、とどまることを知らない。

 あたしは飛び出した百瀬の名前に口を尖らせる。


「なんで、そこに百瀬が出てくんのよ」

「当然、出るでしょ」

「あのねえ、あたしはっ……」


 思わず飛び出した大きな声に、周囲がこちらを振り返る。


「かなえちゃん。しーっ」

「もームキになって。かなえったら乙女なんだからぁ」


 とがめる由美子の後ろで、杏がニヤニヤしている。


「あんたたちが変なこと言うからじゃん。ももちゃんなんてありえないでしょ。ばっかじゃないの」

「その口調がすでに、ももちゃんそっくり」

「熱いねーっ」


 杏と凛花が声を揃える。


 百瀬ももせかおる。通称ももちゃん。

 大葉南朋の腰巾着。

 名前も見かけも女みたいなやつ。

 ワイングラスの脚の付け根みたいに綺麗なカーブのうなじや、吸い付きそうに滑らかな桜色の頬をした、あたしなんかよりもずっと繊細にできている、見ているだけで腹の立つ男。

 逞しさなんて欠片もない薄べったい胸を張って、毛を逆立てて威嚇するネコみたいに喚く、うるさい男。

 こどもの拳をのせたように丸く華奢な肩がむかつく。

 あたしよりずっと長くカールしたまつげに苛立つ。

 綺麗な、綺麗な男の子。

 あんな男、憎たらしくはあっても、好きだなんて思ったこと一度もないのに。

 

 心臓がばくばく破裂はれつしそうに脈打った。

 耳にまくがかかったように音が遠くなる。

 いやだ。こんなのあたしじゃない。


「お? かなえ、顔真っ赤」

「もういい! チョコ作りなんかやんない。百瀬もあんたたちもバレンタインも大っ嫌いだよ!」

「あっ、かなえちゃん。待って」

「かなえ!」


 あたしはみんなに背を向けて、人混みの中を駆け出していた。

 意に反して赤くなった顔を、誰にも見られたくなかった。泣きそうなのも嫌だった。

 からかわれたくらいで、泣きたくない。

 でも、泣きたくないと思えば思うほど喉が詰まった。

 あたしは誰も好きじゃない。百瀬なんか特に。

 全然好きじゃない。絶対に好きになんかならない。



 ひとりショッピングモールの出入口でうずくまっていると、由美子にパーカーのそでを引かれた。

 杏と凛花の姿はない。


「かなえちゃん、こんなところにいたんだ。寒いでしょ。一緒に、帰ろ。ね?」


 由美子を前にすると悔しさと恥ずかしさが蘇った。思わず涙が滲む。

 

「最低。大っ嫌いだよ。百瀬なんか。大葉南朋のひっつき虫。あいつが大葉とべったりだから、しょうがなく話してただけじゃん。由美ちゃんが大葉を好きだから。わかってるよね? なのに、なんでこうなるの?」

「百瀬くん、そんなに悪い子じゃないと思うけど」

「そういう問題じゃない。無理矢理くっつけられるのが嫌なのっ」


 あたしの気持ちなんて、百瀬のことだって関係なく、無責任に。


「凛花ちゃんたちには、チョコやっぱり二人で作るって断っておいたから」


 由美子の小さな肩に額をつけて、涙に濡れた顔を隠した。

 こうなったのは、全部、全部百瀬のせいだ。

 あいつが絡むから。

 あんな奴、そばに立つのも嫌だったのに。


「……かなえちゃん」


 由美子がそっとあたしの背中に手を当てる。

 恥ずかしい。でもすごくホッとする。

 由美子からはフローラルみたいな甘い匂いがした。

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