第3話 コンプレックスと淡い恋
「由美子もようやくチョコあげる気になったか。
「そんなんじゃ……」
由美子は困ったように首を傾げた。
「かなえは
恋バナとなると
あたしは飛び出した百瀬の名前に口を尖らせる。
「なんで、そこに百瀬が出てくんのよ」
「当然、出るでしょ」
「あのねえ、あたしはっ……」
思わず飛び出した大きな声に、周囲がこちらを振り返る。
「かなえちゃん。しーっ」
「もームキになって。かなえったら乙女なんだからぁ」
「あんたたちが変なこと言うからじゃん。ももちゃんなんてありえないでしょ。ばっかじゃないの」
「その口調がすでに、ももちゃんそっくり」
「熱いねーっ」
杏と凛花が声を揃える。
大葉南朋の腰巾着。
名前も見かけも女みたいなやつ。
ワイングラスの脚の付け根みたいに綺麗なカーブのうなじや、吸い付きそうに滑らかな桜色の頬をした、あたしなんかよりもずっと繊細にできている、見ているだけで腹の立つ男。
逞しさなんて欠片もない薄べったい胸を張って、毛を逆立てて威嚇するネコみたいに喚く、うるさい男。
こどもの拳をのせたように丸く華奢な肩がむかつく。
あたしよりずっと長くカールしたまつげに苛立つ。
綺麗な、綺麗な男の子。
あんな男、憎たらしくはあっても、好きだなんて思ったこと一度もないのに。
心臓がばくばく
耳に
いやだ。こんなのあたしじゃない。
「お? かなえ、顔真っ赤」
「もういい! チョコ作りなんかやんない。百瀬もあんたたちもバレンタインも大っ嫌いだよ!」
「あっ、かなえちゃん。待って」
「かなえ!」
あたしはみんなに背を向けて、人混みの中を駆け出していた。
意に反して赤くなった顔を、誰にも見られたくなかった。泣きそうなのも嫌だった。
からかわれたくらいで、泣きたくない。
でも、泣きたくないと思えば思うほど喉が詰まった。
あたしは誰も好きじゃない。百瀬なんか特に。
全然好きじゃない。絶対に好きになんかならない。
ひとりショッピングモールの出入口でうずくまっていると、由美子にパーカーの
杏と凛花の姿はない。
「かなえちゃん、こんなところにいたんだ。寒いでしょ。一緒に、帰ろ。ね?」
由美子を前にすると悔しさと恥ずかしさが蘇った。思わず涙が滲む。
「最低。大っ嫌いだよ。百瀬なんか。大葉南朋のひっつき虫。あいつが大葉とべったりだから、しょうがなく話してただけじゃん。由美ちゃんが大葉を好きだから。わかってるよね? なのに、なんでこうなるの?」
「百瀬くん、そんなに悪い子じゃないと思うけど」
「そういう問題じゃない。無理矢理くっつけられるのが嫌なのっ」
あたしの気持ちなんて、百瀬のことだって関係なく、無責任に。
「凛花ちゃんたちには、チョコやっぱり二人で作るって断っておいたから」
由美子の小さな肩に額をつけて、涙に濡れた顔を隠した。
こうなったのは、全部、全部百瀬のせいだ。
あいつが絡むから。
あんな奴、そばに立つのも嫌だったのに。
「……かなえちゃん」
由美子がそっとあたしの背中に手を当てる。
恥ずかしい。でもすごくホッとする。
由美子からはフローラルみたいな甘い匂いがした。
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