第2話 チークとグロス
あたしたちは週末にチョコレート作りをすると決めた。
準備のために帰宅後、いつものショッピングモールで買い物の約束をする。
足を踏み入れたショッピングモールは、天井から入り口まで赤とピンクの洪水。恥ずかしくなるくらいバレンタイン一色だった。
特設コーナーで買い揃えた材料を会計したあと、ラッピング資材の棚の前で足を止めた。
「由美ちゃん、これ可愛くない?」
虹色に光るオーガンジーのラッピングバッグを手に取り、由美子に差し出す。
そばにはいかにもプレゼントといったかんじの真っ赤なギフトボックスがあり、その向こうにはくるくる巻いたリボンにラメの入った緩衝材まで揃っている。
由美子がクスリと笑みを浮かべた。
「誰にもあげないんじゃなかったの?」
「別に、買うとは言ってない」
可愛いと思っただけで。
バッグを棚に戻すと、由美子の後ろで資材を見ていたポニーテールの女の子が、じっとあたしを見つめているのに気づいた。
黒髪に光る星をかたどった金色のクリップ。
小麦色の頬を彩るオレンジのチーク。
キラキラと光を集める桃色の唇。
知ってるようで知らない顔がほころぶ。
「やっぱり、かなえじゃん! 由美子も」
「えっ……杏?」
「びっくり。今日かなえちゃんと二人の話をしてたところだったんだよ」
由美子が杏の手を取ると、二人はうさぎみたいに飛び跳ねた。
耳に挟まれた金のイヤリングが揺れてきらめいている。
「凛花、凛花、由美子とかなえ!」
「きゃー!! うそ、久しぶり!」
「いつぶり? 卒業以来だよね?」
棚の向こうから顔を出した凜花の白い頬にもピンクのチークが広がっている。
唇も不自然に真っ赤だ。
化粧してる。
なにそれ。誰かと思うじゃない。
あまりの変わりように、呆気にとられた。
「バレンタインで再会するなんて、私たち運命の赤い糸で結ばれてるのかも」
「やぁだ。赤い糸なら由美子たちじゃなくて、王子とがいいっ」
杏がくさいことを言うと、凛花が口を尖らせる。
王子って……高木さとしか。
大葉たちといつも一緒だった、うさんくさい
凛花たち、見た目はともかく、赤い糸とか王子とか、しゃべる内容が小学生の頃と全然変わらないな。
「凛花ちゃんは、相変わらず高木くん一筋なんだね」
「離れても愛は変わらないわ……って、変わらないと言えばかなえ、なにそのダボっとしたカッコ! ちっとはおしゃれしなさいよ!」
由美子の言葉にデレたかと思うと、凛花は両手であたしのパーカーを掴み、裾をひっぱった。胸の形がくっきり浮かび上がる。
「ひゃっ……何? やめてよ」
「せっかくの胸が、もったいない!」
凛花は人を上から下へと舐めるように見てダメ出しする。
「なにそれ。ヤダ、痴漢です、この娘」
やってることは変態なのに、流行りのカットソーを身にまとい、天パの髪を白いリボンのカチューシャでふんわり留めた凛花はどこまでも愛らしい。
うねりを隠そうとひたすら硬くみつあみを結んでいた小学生の頃とは別人だ。
あたしの視線に気づいた凛花は、カチューシャに手を当てる。
「いいでしょこれ。つけてみる?」
「別にいい! あんたみたいな格好、好みじゃないの。あたしは」
目をそらし、自分のみつあみを両手で押さえた。
同じような天パだと思っていたのに、あたしだけが変わらない。
手入れの行き届かない、子どものまま。
凜花はふーんと流して買い物袋に目を移した。
「今年もやるんだ。チョコ作り」
「うん。いつものトリュフ。二人も一緒にどうかな」
「作りたーい!」
杏が両手をあげて賛成する。
改めて由美子を見て、やっと気がついた。
杏たちみたいにあからさまじゃないけど、由美子の頬も唇もほんのりピンク色だってことに。
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