第18話

6月の水曜日。天気は雨。美術の時間。

高校の教室の窓から外を眺めるとぱらぱらと雨が降り注ぎ、それは穏やかな午後を演出している。

十人ほどがキャンパスに鉛筆でデッサンを描いていた。

懐かしくもある中学校の頃からの同級生の彼女と僕が隣通しで一緒に歩くところなんかを想像しながら机の上の林檎を描く。

雨が上がる頃に空がオレンジ色に染まった。

チャイムが鳴り僕たちは教室を後にする。

下校の時刻にホームルームが終わり、一人で教室から廊下へと向かい、校舎を後にする。

公園の道端でふいに中学校の同級生の彼女と会う。

彼女は車いすに乗っていた。

何があったか僕は知っている。

「久しぶり」と彼女は僕に声をかけた。

彼女は僕の目をちらっと見つめる。

中学の頃彼女は交通事故で半身不随になった。

僕はただ茫然と母親からその話を聞いた。

「久しぶり」気まずそうに彼女は答えた。

ワンピースを着た彼女と制服を着た僕が今更話をするのも奇妙だ。

髪の毛を触りながら気まずそうに僕は彼女に話しかける。

彼女も気まずそうに僕の話に相槌を打っていた。

「この近くにおでんの屋台があるんだけど買ってこようか?」

「じゃあ大根と卵を一つずつ」

そんな感じで僕はおでんを買ってきて彼女と食べた。

鞄を手に持ち外を眺めると大気がうっすらと移動していた。空には灰色の雲がさーっと流れていき、夜の青い空が背景になって綺麗だった。

夏の夜だ。辺りに人はいない。

彼女はおでんを食べ終えて退屈そうに僕と同じ方向を向いていた。

「このまま死ぬのかな?」と彼女は言った。

「もしよかったら僕と付き合って」

「それって?」

「純粋な気持ちだよ」

「いいよ」


8月に僕らは馬鹿みたいに遊んだ。人目を避けて川原で二人で花火をした。

すると花火が大空に上がって激しい音がした。

「死にたかったの。退屈で」と彼女は言った。

紺色の空が急に花火で明るくなり、また元の色へと戻る。

僕の耳鳴りは収まることがない。

現実の何もかもが信じがたく、それでもまだ何かを求めて悩んでいた。

21:00。

闇の中を二人で歩く。

もう二度と帰ってこない時間。

そして彼女の体。

8月の大気はあまりにしっとりとしていて、そして暑かった。


12月に二人で雪かきをした。

彼女は僕のことを見ていた。

「死にたくなったら電話して」と彼女は言った。

「死にたいの?」と僕は聞いた。

「別に」

雪が辺りを覆いつくした。空からまるで祝福のように大粒の雪が無限に降りてくる。

僕らは唖然とその光景を見ていた。

「まるで夢みたいだね」

「そうね。私の体ももとに戻ればいいのに」

おおよそ僕らは二人だけで過ごすことが多かった。

いつの間にかそうやって年月が過ぎていけばいいやなんて僕はどこかに甘い考えを持ってた。


大学生になって僕らは急に疎遠になった。

彼女は働き、そして僕は日々バイトに汗を流していた。

大人になっていく。

季節が変わっていく。

どこへ行っても変わり映えのしない日常が続く。

僕はまだ彼女の面影を探していた。

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