第6話

 吸血鬼。それは千年前に呪われた人間のなれの果ての姿。人間の姿をした魔物だ。

 レイは都市で育ったが、仕事に就く前に吸血鬼に両親を殺されて、今は放浪生活を送っている。

 レイにはこの世界から吸血鬼を抹殺するという野望を抱いていた。


 小屋には明かりがともっていた。

その窓はしっかりと鉄格子に覆われている。辺りはまったく風の音以外しない。

 騒がしい風の音が見るからに不吉な予感をさせる。

 ざわざわと草木が風に靡き揺らめく。

きらきらと月が雲の合間に見える。

レイという不思議な少年がたまたまこの村に訪れることになったのも何かの偶然か、それとも運命か。

 嫌な空気が辺りを覆いつくす。灰色と白の奇妙な空。雲がぐるっと辺りを覆いつくす。

村に来てから吸血鬼に襲われないかいつも怯えていたのだった。

 黒い体表の見るからに醜い人間よりも体半分大きい吸血鬼はこの世界の真の支配者でもある。

 人間たちは昔から吸血鬼を怖れあらゆる手段で身を守ろうとしてきた。

「助けてー」と大きな声が遠くから聞こえたと思うともうその声の主は死んでいる。

 レイが通りを歩いているとたまたま森の中から吸血鬼が出てきた。

 瞬間吸血鬼と目があった。普通の人間ならもうすでに死が確定だ。

こんな夜遅くに道を歩くこと自体が自殺行為なのだ。

「よう」

 耳障りな声で吸血鬼が人間の言葉を発する。

「よお」

 小柄な金髪の美少年のレイは吸血鬼を挑発した。

 ゆらーっと吸血鬼が翼をはためかせて飛んでくる。

 レイは腕を前に伸ばし呪文を唱えた。

「消え去れ」

 吸血鬼はふっと息を止める。

 レイは片手を握りしめた。

 吸血鬼は見る間に青い炎に包まれ、そして焼かれる。

「じゃあな」

 レイはそこから歩き出した。吸血鬼は見る影もなく灰になった。

 レイはマントで首元を覆いながら、通りを歩く。砂埃や風が舞う。

真っ暗で唯一たよりになるのは月の光だった。

 月の光が悲しく物憂げに辺りを照らす。奇妙な能力に怯えつつも今ではそんなことを人間から隠しつつ生きる。

 僕が魔法使いだということはレイの家族以外知らなかった。

「あなたがこの世界をどうにかして救うのよ。もう私たちに生きる希望は残っていないの。そのうちにもう地上の人間たちは吸血鬼に全て殺されてしまうわ」

 母の言葉をレイは胸に誓った。

 そしてそれは体に刻まれた魔力によって辺りを青い炎で燃やしてしまうというおぞましい能力だった。

 レイは通りから人の住処を探して歩いてく。村の中は吸血鬼がいるせいでとても静かだ。

 レイは一軒の小屋を見つけた。小屋に明かりはともっていない。そっとレイは扉を開けた。

 てっきり中にはだれもいないと思っていたのに、ふと背後に気配がして、振り向くと首筋にナイフを当てられていた。

「あなたは?」

 予想以上に綺麗な女の声が聞こえた。

「悪かった。俺は怪しいものじゃない」

 レイは咄嗟にそうつぶやいた。

 刃物を持つ手が震えている。

 レイは怯えたふりをして一瞬彼女に隙を与えた。

 すぐさまレイは彼女のナイフを振り落とした。

「あなたは誰?」と女が叫ぶ。

「俺は旅人。たまたま空き家を探していただけだ」

「信じてもいいの?」

「もちろん」

 レイはそう言って両手を上げた。

 しばらく見つめあった後、ようやく彼女は口を開いた。

「私の名前はアイリ」

「俺はレイだ」

 二人はそっと握手を交わした。

 テーブルが部屋の中央に置かれている。木の四角いテーブルだ。

 蝋燭が部屋の中央に灯っていた。揺れる火は暖かい。

 レイとアイリは二人でテーブルに向き合って座った。

「いったいどうしてこの村へ来たの?」

「特に理由はない。各地を点々としながらそこで働いては金を稼ぎまた遠くへ行く」

 レイは心の中でこらえている感情を黙ってこらえた。

「何か目的はあるのかしら?」

「ないよ。ただの放浪者さ」 

 レイは静かにテーブルの上の蝋燭を見つめていた。

 アイリは席を立ってキッチンへ行きそこで紅茶を淹れていた。

 静かに時間だけが経つ。

 ポットのお湯が沸く。

「アイリ。どうして君はこの街で一人で暮らしているんだ?」

 レイは咄嗟にアイリにそう聞いた。

「理由なんてないわよ」

 アイリはそう言ったがレイには彼と同様に何かを隠しているように見えた。

 紅茶を二人で飲みながら、鉄格子の窓やら奇妙な十字架やら固く閉ざされた木の扉なんかを見ているともうそれが明らかに吸血鬼のためによるものだと分かった。

 レイの胸には吸血鬼を一匹残らず退治してこの世界を救って見せるという正義感が湧き立っていた。

「この村ではいったいどんな仕事をしているんだ?」

 レイがそう訊ねるとわずかな暗がりからアイリの頬が赤くなっているのが見えた。

「私はここで服を作っているの。どんな服だってお客さんの注文通りに作れるわ」

「俺もその仕事を手伝っていいかな?」

 レイは咄嗟にそういった。

「そうしてくれると助かる。できたお洋服をお客さんのところへ届けて、生地を仕入れてきてほしいの」

「わかったよ。それにしてもこんなに夜遅く悪かったな」

「そこにソファがあるから」

 アイリはそう言って少し恥ずかしそうにベッドの方へ行ってしまう。

 レイはソファに横たわりながら夜を過ごした。

 柔らかい赤い毛布は彼女の手作りだろうか。

 おそらく羽毛でとても暖かかった。


 目覚めるとレイとアイリは二人で向き合って座って朝食を食べていた。

 豚肉のスープに村で買ったパンを食べた。

 ゆっくりと口にパンを運ぶ。

 香ばしい匂いがする。

「おいしいね。このパン」

「そう? 村でも有名なおばあちゃんが作ったのよ」とアイリは言う。

「今日はどんな仕事したらいいの?」

「隣町で布を仕入れてきて」

「ところで吸血鬼を昨日見たんだ」

 レイは深刻そうに言った。

「ああ」

 アイリは悲し気につぶやいた。

「この村でも吸血鬼は何度も見たわ。悲しいことにどこかで殺された噂をよく聞く」

 レイとアイリは向き合いながら慎重に言葉を交わした。

 昼にレイは隣町へ出かけた。

 太陽が照り付ける道をあるいていき、わら半紙に書かれた地図を頼りに店を探した。

 店はすぐに見つかった。

 ここまで歩いてきたわりにこの町は大きくて様々な店が立ち並んでいる。

 店の名前はユリウスといった。

 店の中に入ると白髪の老人と目があった。

「いらっしゃい」

 老人はそうつぶやく。

 レイは店内の布をさっと見渡した。

 どれも見栄えがいい。

「手作りなんですか?」

「そうだよ。この町の工場で職人がずっと手作業で作っているんだ。お兄さん初めて見る顔だね」

「アイリに頼まれてやってきたんです」

「うちのお得意さんだよ」

「こちらの布が欲しいんですが?」

 そんな会話を交わして店主は布を裁断した。

「いくらですか?」

「五千ルートだ」

 彼は袋から一枚金貨を出した。

「これがおつりね」

 店主は銀貨を五枚返した。

 レイは布を持って村へと帰ってきた。

 アイリは鉄製のミシンで服を縫っていた。

 手際よくアイリは仕事をしている。

「早かったわね」

「五千ルートで買えたよ。ところでこれで何を作るんだ?」

「隣町の衣装を売ってるお店に売るの?」

「これがいくらになる?」

「全部で十着つくるから、五万ルートになるわ」

 そんな話を彼らはした。



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