第48話 西新宿の戦い(その1)

 健二郎と郡司の頭上には断続的に照明弾が上がり、後方では激しい銃砲撃音が轟いている。未だ夜は開けず、ゾンビの奔流も留まるところを知らなかった。

「突撃!」

「ファイヤー!」

 健二郎と郡司はゾンビの奔流を切り裂き、押し広げつつ前進した。大通りはもとより、狭い路地にまでゾンビが詰まっている。それらを可能な限り斬り倒し、撃ち倒しながらの進撃である。健二郎の大矛が唸ると6個のゾンビの首が吹き飛び、返す刃が5体のゾンビの首をはねた。変種が巨大な爪で健二郎を引き裂こうとするのを躱しざまに、拳で変種の頭部を殴り潰す。郡司の銃弾が融合種の4つの脳を正確に撃ち抜き、巨体は永久に動かなくなった。正確な射撃はゾンビの頭部を破壊し続け、ぶち撒けられた血と脳漿が色褪せた街を暗赤色に塗り上げていった。健二郎と郡司はそんな事を数百回も繰り返し、数える事もできぬほどのゾンビの首をはね飛ばしつつ前進し続けた。


 東の空が白み始めた頃、健二郎と郡司は高層ビル街に突入した。ここまで来るとさすがにゾンビの数はやや落ち着いたようであるが、獰猛性はなお高いままである。狂乱と猛然を掛け合わせたかのような咆哮を上げ、健二郎と郡司に食らいかかる。健二郎と郡司は襲い来るゾンビは全て活動停止させ、目に付くゾンビも可能な限り掃討しつつ、じりじりと前進した。

 すでに北から突入した第2師団と西から突入した第3師団が近いのであろう。銃砲撃の音は全方位から聞こえてくる。そう健二郎が感じたときに着信があった。

「リーダー、こちらブラウニー。都庁前広場に到着!」

「こちらザッハトルテ。同じく到着しました」

「こちらエクレア、了解。なにかいるかい?」

「いるにはいますが……」

「どうしたの?」

「大量のゾンビ…みたいですが、皆ぶっ倒れてます。動きません」

「いや、待て! 動いたぞ! な、なんだこいつら、固まっていく、いや、丸まっていくと言うか…とにかく攻撃だ!」

「ブラウニー! ザッハトルテ! 無理しちゃだめだ! 一度退避するんだ。すぐに合流する!」

 健二郎と郡司が走り出して間もなく、彼らは南北100メートルほどもある白亜の巨大な建築物の前に立った。東京都議会議場である。その後ろには東京都庁が不気味に聳えている。すなわち、この建築物の向こうが都庁前広場である。

「リーダー!」

「おお、皆、無事かい?」

「はい、全員異常ありません」

「何があったの?」

「これを見てください。たぶん、さっきリーダーたちが新宿駅で遭遇したという、融合種の一種だと思うのですが」

 送信されてきた記録映像をバレンタインのコンピュータが健二郎と郡司の眼に直接再生した。

 その映像は、広場全体に広げられたシート状の何かがグツグツと蠢いている様から始まった。シート状の何かは、拡大してよく見ると大量のゾンビが横たわった状態で癒着したものであった。腕や脚が無数に突き出し、所々に顔や胴体が露出している。表面は体液が滲んでいるのか、ぬらぬらと照り輝き、ただでさえグロテスクな代物をさらにグロテスクに演出していた。

 バレンタイン号の1人が慎重にシート状のゾンビに近づくと、突き出した数百本はあろうかという手足が一斉に揺らめき、ざわめき出した。そのおぞましさ、気色の悪さは映像越しでも慄然とするものであった。

 シート状のゾンビは端からぐるぐると巻き上がり、中央に収斂していき、最後には広場の中央に傲然とそびえ立つ腐肉の山となった。山からは新宿駅の例と同様に、”腕”のようにゾンビが突き出て、近寄る者を取り込み、食い潰そうとしている。ただ、その”腕”の数はおよそ20本ほどもあり、新宿駅の例とのスケールの違いは明らかである。

 記録映像を観た健二郎と郡司は気が滅入るのを自覚した。

「ああ、うん。たしかにそうだね。さっきぼくたちが新宿駅で遭遇したのと同じだ」

「でも、大きさは桁違いだぜ。高さは15メートルぐらいありそうだ」

「どうすればいいんです? リーダー」

「さっきみたいに吹き飛ばせればいいんだけど……皆、手榴弾とか爆弾とか持ってる?」

 全員が持っていないと返してきた。

「そりゃそうだよね。あんなのが出てくるなんて考えてなかったもの」

「しかし、サエちゃんよ。あの大きさじゃ、手榴弾なんかじゃ終わらないぞ。戦車の到着を待つか?」

「ああ、なるほど。そうしよう」と、健二郎が返答しようとしたとき、都議会議場の建物を粉砕して腐肉の山が健二郎たちの臨時ミーティングに割って入った。ガラスを破り、コンクリートを砕き、鉄骨をへし折り、瓦礫をぶち撒けての乱入である。腐肉の山は5メートルほどもある”腕”を轟音を伴って繰り出し、健二郎たちを叩き潰そうとした。

「避けろ!」

 百戦錬磨の健二郎でさえあまりの、ある種の馬鹿馬鹿しさに呆気にとられていた。これだけの短い指示を飛ばすのが精一杯であった。しかし、建物の最も近くに立っていたバレンタイン8号が”腕”に捕らえられかけた。

「危ねえ!」

 バレンタイン8号を突き飛ばして代わりに”腕”に捕らえられたのは郡司であった。

「グンちゃん!」

「大丈夫だ!」と、郡司は答え、すぐに”腕”を千切り飛ばそうとしたのだが、その前に”腕”は信じられない速さで腐肉の山に収納された。無論、郡司ごとである。郡司は腐肉の山の中に取り込まれてしまったのだ。

「グンちゃん! 聞こえるか! グンちゃん!」

 健二郎の呼びかけにも郡司は応じない。

「おい! グンちゃん、返事しろ!」

「健二郎君。落ち着いて」

 冷静を通り越して冷徹とも言える声で通信を健二郎たちに寄越したのは恵美である。

「恵美さん。グンちゃんが!」

「大丈夫。通信が遮断されているだけよ。和仁君はまだ生きているわ」

「なぜわかるんです?」

「そんな巨大な化け物でも所詮はゾンビの集合体よ。サメみたいな大きな顎に噛み砕かれたわけじゃないでしょう? アーティフィシャルボディを食い破って、和仁君の脳を食らうまでは時間がかかるはずよ。それまでに彼を救出すれば大丈夫」

「あ、ああ、そうだった。脳を食われない限り大丈夫なんだっけ」

「そういうことよ。でも、重火器は使えなくなったわね。和仁君ごと吹き飛ばしかねないわ」

「大丈夫です! ぼくがあの化け物を細切れにしてやります」

「その意気よ。健二郎君、しっかりね」

「ありがとうございます。恵美さん」

「リーダー! 俺たちもやりますよ!」

「私も! 郡司さんを助けましょう!」

「ありがとう、皆。よし、ブラウニーは右から、ザッハトルテは左から攻撃して、あの化け物の注意を逸らしてくれ。ぼくはグンちゃんが取り込まれたところを斬り開く」

「了解!」

 健二郎たちはすぐさま行動に移った。ブラウニーとザッハトルテは左右にわかれ猛烈な斬撃と苛烈な銃撃で”腕”を切り払い、撃ち砕いていく。20本ほども生えていた腕は見る間に切断されていくが、次々に新しい”腕”が生えてくる。切断された”腕”はのたうちながらもなお、健二郎たちに掴み掛かろうと辺りを這い回り、健二郎たちの行動を制限した。

 それにしても、これだけ”腕”を斬り落としているのに、次々に”腕”、即ちゾンビが生えてくるのはどういうことであろう。いくらこれだけの巨大な化け物とは言え、内包しているゾンビの数には限りがあるはずである。

「リーダー! あれを見てください!」

 健二郎は腐肉の山から突き出た”腕”が斬り落とされた”腕”を拾い上げ、取り込むのを見た。

「こちら健二郎。斬り落とした腕に止めを刺すんだ!」

「はい!」

 健二郎は”腕”の処理を他の仲間に任せ、いよいよ郡司の救出にかかった。

「行くぞ! 突撃!」

 健二郎は大矛を猛然と振り上げ、激烈な斬撃を腐肉の山に叩き付けた。健二郎は大きく斬り開かれた腐肉をバレンタイン1号のパワーで左右に大きく広げた。そして、大矛を捨て、腰の短剣を抜き放つと一心不乱に腐肉を斬り裂き始めた。腐肉の山を構成するゾンビの腕や顎が切れ目無しに繰り出されてくるが、それらを全て斬って捨てて、ひたすら健二郎は郡司を捜索した。

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