第46話 突撃!
ほどなく1両の戦車がバレンタイン号のための武器弾薬を満載してやってきた。戦車は多数のゾンビを轢き潰してきたのであろう。履帯や転輪にゾンビの腐肉が絡み付いている。
「ありがたい!」
「しかし、まさか戦車で来るとはなあ」
「なんでもいいさ。これでなんとかなる」
健二郎たちはすぐさま武器を詰め込んだコンテナを戦車から下ろした。急いで武器を取り替え、弾薬を補給する。戦車にはこのまま援護をしてほしいところであったが、次の任務に向かわねばならないという。健二郎たちは再び8人だけでゾンビに立ち向かった。
変種の強烈な蹴りをかわして大矛を首に突き立て、そのまま手首を捻って首を千切り飛ばす者。3つの脳をもつ融合種を3発の銃弾で撃ち倒す者。大太刀でゾンビ5体の首をまとめてはね飛ばす者。バレンタイン号1人1人が恐るべき戦闘力を発揮して数千数万のゾンビの猛進をたった8人でせき止める様は、薄い氷の上で巨人が四股を踏んでいるかのようにアンバランスであったが、その薄い氷の頑丈さたるや、世界一の頑丈さである。
健二郎たちは20分にわたりゾンビの猛進を支え続けた。しかし、ついに世界一頑丈な薄氷にもヒビが入り始めた。
「こちら5号! 左腕をやられた!」
「こちら7号! 圧されてます! 援護を!」
「こちら健二郎、岡野中佐の増援がくるまで踏ん張れ! 増援が来たら一度チョコレート・ワンに戻って体勢を立て直そう」
健二郎の激励と同時に上空にヘリが飛来した。ヘリはホバリングしつつ左右のドアから重機関銃でゾンビに猛射を浴びせた。もはや、頭部を砕くなどというものではない。ゾンビの半腐りの肉体は細切れの肉片となって飛び散り、吹き飛んだ。これで健二郎たちも多少負担が軽減された。それからさらに15分が経った頃、2両の戦車と3台の装甲車、さらに数台のトラックが到着した。岡野が手配した増援であろうと健二郎は思ったが、手配どころではない、装甲車から身を乗り出して指揮をしているのは岡野本人ではないか。健二郎は装甲車に飛び乗った。
「岡野中佐、来てくれてありがとうございます」
「本来ならこれは俺たちの仕事さ。三枝君たちこそここまで頑張ってくれて感謝するよ」
「ぼくたちは一度チョコレート・ワンに戻って体勢を立て直しますけど、その後ぼくらはどうすればいいんですか」
「それなんだが、いま第2師団と第3師団の一部が遠回りして封鎖線の北と西に向かっている。南東部のここにゾンビが殺到しているから、手薄になった北と西から突入する予定だ。三枝君たちは当初の予定とは少々異なるが、3手に別れてもらいたい。そして、各包囲部隊の先陣を切ってもらいたい」
「なるほど、四方から包囲する予定が三方から包囲して圧し潰すということになったんですね」
「そういうことだな。君たちの編制はさっきと同様、三枝君に一任するよ。三枝君たちの進行ルートはこの地図の通りだ」
岡野はそう言って、タブレット端末に東京都庁周辺の地図を呼び出し、3本の矢印を表示させた。矢印の合流する場所は都庁前広場になっている。
「わかりました。その地図はぼくたちに送信しておいてください。では、ぼくたちは一度チョコレート・ワンに戻ります」
「うむ。ここは任せておいてもらおう」
「健二郎より、各バレンタインへ。一度チョコレート・ワンまで後退。体勢を立て直そう」
「了解!」
健二郎たちは常人には不可能な速度で走り、跳び、神宮外苑のチョコレート・ワンに帰投した。
「皆、おかえりなさい。無事でよかった。はい、撃て」
どこから水を引っ張ってきたのか、今回も健二郎たちは高圧洗浄機の洗礼を受けた。全身にまとわりつく不快な肉片を叩き落とされただけではない。負荷がかかり発熱したコンピュータが冷却されて頭が引き締まるのがわかった。
「恵美さん、損傷者が出ています。修理をお願いできますか」
「了解。健二郎君は大丈夫なのね?」
「ぼくは大丈夫ですよ。百戦錬磨のゾンビハンターですから」
「あら、頼もしいわね」
恵美はチョコレート・ワンとチョコレート・ツーを行き来して損傷箇所の修理にあたった。幸いどれも軽度の損傷で、修理も短時間で終了しそうとのことである。その間、手の空いた者はあらためて装備を整えた。腕を防護するガントレットと脚を防護するレガースを装着し、念入りな者はボディアーマーを着込んだ。予備の武器弾薬は持てるだけ持った。30分ほどで修理は全て完了して、恵美がチョコレート・ワンから降りてきた。
「健二郎君、この後はどうするの?」
健二郎は岡野から教えられた、三方からの包囲攻撃計画を簡単に話した。
「そう。柔軟と言えば柔軟だけど、いきあたりばったりな感も否めないわね」
「あのキンモクセイバリアーが破られるとは思いもしませんでしたからね」
「そうねえ。それでチーム分けはどうするの」
サイボーグ全員が緊張の面持ちで健二郎の言葉を待った。
「北から突入するのは3号、4号、7号に頼む。西から突入するのは5号、6号,8号だ。ぼくとグンちゃんはさっきの場所から突入する」
「リーダー、さっきの場所はゾンビの本隊とも言える大群が相手ですよ。北と西に2人ずつ、さっきの場所に4人でどうですか」
「ぼくもそう思ったんだけどね。さっきの場所は軍の主力が後に続くそうだから、これで戦力的にはだいたい公平だよ」
「ああ、なるほど。わかりました」
「健二郎君、チーム名を考えた方がいいわよ。いちいち呼びにくいし名乗りにくいでしょう」
「なるほど、さすが恵美さん。じゃあ、ぼくたちがアルファ、北組がブラボー、西組がチャーリーで」
健二郎が言い終わる前に全員からブーイングがあがった。
「リーダー、つまんないっす」
「そんな……」
健二郎は悄然とした。自分でも面白くないとは承知していたが、全員から否定されると肩を落とさざるを得ない。健二郎は気を取り直して考え直した。やはりここはチョコレートで攻めるべきであろう。
「じゃあ、ぼくたちがエクレア、北組がブラウニー、西組がザッハトルテ。これでどうだ!」
「あー……バレンタインだからチョコレートってのが安直ですが、まあ、いいんじゃないですかね」
「……よし、じゃあこれでいこう」
健二郎たちは装備を整え、出動準備を完了させた。これまでにない重装備である。
「さて、皆、準備はいいかい?」
「おう、サエちゃんよ。やってやろうじゃねえか」
「よし、じゃあ皆、行くぞ! 突撃!」
「おおう!」
健二郎たちは途中で3手に別れ、各々の配置に付いた。先ほどまで健二郎たちが支えていた南の封鎖線は岡野の部隊がよく持ちこたえて、そのまま維持されていた。
「岡野中佐! お待たせしました」
「おお、来たな。三枝君と郡司君だけということは、西と北に3人ずつかな?」
「ええ、そうです。もうすぐ彼らも配置に付くでしょう」
「うむ。それと同時に総攻撃の命令が下されるはずだ。頼んだぞ。三枝君、郡司君」
2人は頷いて、土嚢の長城、即ち封鎖線の上に立った。眼下には凄まじい数のゾンビが蠢いており、土嚢の長城を強く揺さぶっている。変種も融合種も多数確認できた。
「なかなか壮観だな。サエちゃんよ」
「同感だね。腕が鳴るよ」
健二郎がそう応じたとき、健二郎と郡司に無線通信が入った。
「こちらブラウニー。配置に付きました」
「こちらザッハトルテ。同じく配置に付きました」
「了解。皆、くれぐれも無理しないようにね」
「了解!」
通信を切った健二郎に郡司がしんみりと囁いた。
「なあ、サエちゃんよ。向こうに3人ずつ配置したのはさ……」
「うん……」
「俺と2人きりになりたかったからだな! そうだろサエちゃん! かわいいやつ、接吻してあげる! んん〜!」
「なんでそうなるんだよ! かっこいいこと言うかと思ったのに! それにグンちゃん、ヘルメットかぶって接吻はできないぞ」
「そんな無粋なものは外せ外せ!」
「グンちゃん、何度も言うけど、ぼくは男同士尻を撫で合うのは好きだけど、キスをするのは好きじゃないんだ! やめてくれ、皆に見られるじゃないか!」
「こんな暗いのに見えやしねえよ! ほれほれ!」
そのとき、照明弾がいくつも打ち上げられ辺りは真昼のような光に覆われた。当然、健二郎と郡司の戯れは後方に待機する兵士たちの発見するところとなった。
「総攻撃開始! 各部隊、ゾンビを排除しつつ前進せよ! 目標は都庁前広場!」
「えっ!?」
「あん!?」
総司令部から全軍に向けての通信であった。健二郎と郡司が戯れている間に作戦は開始されてしまったのだ。
「ほら見ろ。皆に見られたじゃないか!」
「いいじゃねえか、俺とサエちゃんの仲だろ!」
「もうヤケクソだ! 行くぞ、グンちゃん! 突撃!」
「おうよ! 掩護射撃開始! ファイヤー!」
健二郎は大矛を構えてゾンビの沼に飛び込んでいった。重量30キログラムの大矛が縦横に振り回され、その都度ゾンビの首がはねられていく。バレンタイン号のパワーで力任せに振り回された大矛はゾンビの筋肉を断ち切るばかりか、頸椎であれ脊椎であれ肋骨であれ、骨まで容赦なく叩き斬った。斬撃が巻き起こす風に血煙が巻き込まれ、赤黒い竜巻が現出した。その周囲では郡司の機関銃弾によって赤黒い火花が無数に散っていた。機関銃弾はゾンビの頭骨内に突入すると頭骨内で暴れ回り、かき混ぜた脳漿とともに空中に飛び出していった。
健二郎の巻き起こす竜巻と郡司の散らす火花によって、ゾンビの沼はモーゼの奇跡のように分割されそうである。健二郎たちの進撃速度はゾンビの沼に浸かっていてなお、いささかも落ちることはなかった。2人はものの数分で500を超えるゾンビを活動停止せしめた。
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