第45話 カウンター!
健二郎とその他7人のサイボーグの頭の中で警報がけたたましく鳴った。
「うおう!」
脳の中で鐘を乱打された健二郎たちはしばらく悶絶させられた。立ち直った彼らは宿舎としてあてがわれていた雑居ビルの窓から何事かと外を覗いた。神宮外苑や代々木公園、新宿御苑の辺りが基地化してまばゆい光で溢れているがその向こう、即ち、西新宿は夜の暗闇である。しかし彼らの集音センサーは銃声の音を拾っていた。それも散発的ではない、断続的に聞こえてくる。健二郎はすぐに指示を出した。
「誰か恵美さんを起こしてチョコレート・ワンに連れてきてくれ。戦闘モードに移行するんだ」
すぐさま駆け出したのは女性サイボーグの2人である。
「あとの皆は情報を集めながら、チョコレート・ワンに向かおう」
「おう!」
健二郎たちがチョコレート・ワンに向かう間にだいたいのことは判明した。南側の封鎖線の一部が途轍もない数の狂乱したゾンビによって押し破られ、新宿御苑方面に大挙して向かっているというのだ。現在は戦車と装甲車の銃砲撃で対抗しているが、市街地ということと暗闇ということもあり、攻撃の効果はほぼないと言う。
チョコレート・ワンに向かって走る健二郎たちに恵美とそのスタッフを乗せた軍用トラックが追いついた。
健二郎たちが乗り込むと、すでに女性型サイボーグの2人は戦闘モードに移行済みであった。
「健二郎君たちも戦闘モードに移行して。許可は取ってあるから。チェックも略式で行くわよ。それから4人はチョコレート・ツーで最終チェックを受けて。いいわね」
恵美の言うチョコレート・ツーとはチョコレート・ワンの隣に駐機していた輸送ヘリである。バレンタイン号の増員と活動地域の拡大に伴って新たに配備されたバレンタイン号専用の機体である。
「了解。じゃあ、行くぞ。モード変更、戦闘モード!」
健二郎たちの視界に戦闘用データが次々に表示され腹部の動力炉が出力を増していく。エネルギーが身体の末端まで漲っていくのが感じられた。
健二郎たちの戦闘モードへの移行完了とほぼ同時に車は駐機場に到着した。健二郎たちは直ちに2機のチョコレートに乗り込んで最終チェックを開始した。手の空いたサイボーグたちは手分けして武器弾薬を調達しに走った。その間にも悲鳴のような救援要請が立て続けに飛び込んでくる。ゾンビの一群はすでに線路を踏み越え、新宿御苑に到達したという報告ももたらされた。健二郎はサイボーグたちに最低限の指示を出した。
「みんな、絶対に1人になってはだめだ。必ず複数人で行動すること。ペアリングはさっきの打ち合わせの通りで行こう。状況は随時チョコレート・ワンに報告して。いいね」
「了解!」
最終チェックを受けた各バレンタイン号は戦闘用ヘルメットと武器を引っ掴んで出動していった。目指すは破られた封鎖線である。彼ら自身が鋼鉄の門となって、ゾンビの流出を阻止するのだ。
後退を続ける兵士たちの間をすり抜けて健二郎たちは、破られた封鎖線を発見した。道幅50メートルはありそうな広い幹線道路に引かれた封鎖線である。封鎖線は土嚢の長城に加え、貨物を満載した大型トラックを並べたバリケードから構成されているが、土嚢の長城は30メートルに渡って崩れ、トラックのバリケードは押し破られていた。ゾンビの流出はいまなお続いている。健二郎たちはゾンビの奔流のただ中に飛び込んだ。
8体のサイボーグは、ある者は大薙刀を振るい、ある者は機関銃弾を叩き込み、ゾンビの流出を阻止せんとした。バレンタイン号の強烈な斬撃にはね飛ばされた無数の首が血を撒き散らしながら飛び交い、闇夜にも関わらず正確無比な銃撃はゾンビの頭部を次々に爆裂させた。噴き出したゾンビの体液はアスファルトを濡らし、腐肉片と骨片と脳漿が吹き飛んでいく。それでもなお、ゾンビの狂乱は止まない。変種が剛腕を振るい、融合種は巨体をぶつけ、バリケードは破壊され土嚢の長城は崩されていく。
「リーダー! 封鎖線が崩されていきます!」
「わかってる! グンちゃんと7号、8号は封鎖線の修復にあたってくれ! あとの者は封鎖線の内側でゾンビを阻止するんだ! グンちゃんたちにゾンビを近づけさせないように!」
「了解!」
健二郎の指示で郡司とバレンタイン7号及び8号、即ち、2人の女性型サイボーグは一時戦闘からはなれ封鎖線の修復にかかった。
「俺たちは封鎖線の修復だ。まず、崩れた土嚢を積み直すんだ。その後、バリケードを修復するぞ」
「はい!」
郡司たちは土嚢を積み直し始めた。土嚢と言っても大型の土嚢で重さは一トンほどもある。バレンタイン号のパワーでも3人掛かりでないと持ち上げられない。郡司たちはまず散乱した土嚢をかき集め、元の位置に戻していくことにした。
その間にも健二郎たちはゾンビの大群を押しとどめていた。超合金製の刃が多数のゾンビの首をはね、ホローポイント弾が無数のゾンビの脳を破砕した。それでもゾンビの数は一向に減る気配がない。そればかりか、ゾンビの狂乱の度合いは増していくばかりである。
「リーダー! 残弾500発を切りました!」
「こちらも武器の損耗が激しい! 新しい武器はないのか!?」
「こちら健二郎。斬撃組は無理にゾンビを活動停止させなくていい。足止めだけで十分だ。銃撃組は弾を切り詰めるんだ。弾丸が無くなれば近接戦闘に切り替えてくれ。グンちゃん、状況は?」
「こちら郡司、あと10分ほどで土嚢の修復が終わる。完全じゃないが通れなくする分には十分なはずだ」
「わかった。みんな聞いた通りだ。あと10分頑張れ!」
「了解!」
最もゾンビ掃討の経験の長い健二郎の記憶でも、これほど危機的な10分間はなかったように思えたが、健二郎たちはゾンビの猛攻を支えきった。郡司たちの応急処置が終わり、切れた長城は一応修復された。それでもゾンビは大きな土嚢を乗り越えてこちらに向かって来ようともがき、足掻いている。
「大きな土嚢を乗り越えて?」
健二郎は今更ながら疑問に突き当たった。封鎖線にはゾンビ除けのための装置、即ちキンモクセイの香りを散布する発香性物質散布装置と音波を発振する装置が備え付けられているはずだ。ゾンビどもはなぜ封鎖線に近づいて来られたのだろうか。
健二郎は辺りを見渡して発香性物質散布装置と音波発振装置を探し出し、動作チェックを行った。健二郎の予想を裏切って2つの装置は正常に動作していた。しかし、現にゾンビはこちらに向かってくるではないか。
「なあ、サエちゃんよ。さっきから気になってたんだが、こいつら俺たちに向かってきてないぞ」
「へっ?」
健二郎はつい今しがた感じたことを真っ向否定されて、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
「どういうこと?」
「ゾンビの奴ら、一様にあっちの方向を向いてやがる。奴らが俺たちを襲うのは、俺たちが奴らの進行方向上に立ちはだかったからだ。現にほら、あそこで6号が弾薬補給してるけど、ゾンビの奴ら、6号に全く見向きもしない」
「本当だ。ならあっちの方向に何かあるってことか。何があったっけ?」
「新宿御苑、代々木公園、神宮外苑…ああ、なんとなくわかってきたな」
「そうか。人間の匂いか」
「それも万単位の筋肉ムキムキ汗臭い男どもの匂いだ。ゾンビでなくてもおびき寄せられるぜ」
「それはグンちゃんだけだぞ」
「まあ、それはともかく、奴らにしてみれば数年ぶりの生肉だ。食欲が嫌な匂いも音も凌駕しているんだろう」
「しかし、困ったな。大部隊が巨大な餌になっているとなれば、ゾンビは延々とここの封鎖線を突破しようとするぞ。見なよ。せっかく修復した封鎖線が崩されるのも時間の問題だ」
「そうかと言って、このままゾンビどもを流出させていたらゾンビが拡散しちまう。またあのクソ面倒なゾンビ捜索をしなければならなくなるぜ」
「腹を決めようか、グンちゃん。ぼくたちがここで食い止めよう」
「なんだか俺たちばっかり働いてる気がするが仕方ねえな」
「そんなことないよ。流出したゾンビどもは後方の兵隊さんたちに処理してもらうしかないからね」
「それもそうだな。じゃあいっちょ、始めるとしようか」
「そうだね。始めよう」
健二郎は8人のサイボーグに告げた」
「皆、さっきのぼくとグンちゃんの会話は聞いていたと思う。おそらくゾンビの目当ては集結している部隊の兵隊さんたちだ。ぼくたちはここでゾンビを食い止め、封鎖線を死守する」
「……」
「どうしたの。皆」
「いや、リーダー。最後に気合いの入る言葉を付けてくださいよ。例えば、ファイト! オー! とか、いろいろあるでしょう」
「あ、ああ。そういうこと。んーと」
「……」
「それじゃあ皆、行くぞ! 突撃!」
「いつもと同じじゃないですか」
健二郎たちは勇躍、ゾンビの激流の中に飛び込んだ。サイボーグたちの超合金の刃と鉛の弾丸がゾンビに永遠の安息を与えていく中、健二郎は無線で岡野を呼び出した。
「こちら健二郎。岡野中佐、聞こえますか?」
「こちら岡野。聞こえている。状況を教えてほしい」
健二郎は手短に現況を岡野に伝えた。現在、破られた封鎖線でゾンビの流出を阻止していること。ゾンビがおそらくは大人数の人間の匂いに引き寄せられているのであろうということをである。
「なるほど。人間の匂いに引き寄せられているか。たしかにゾンビどもはまっしぐらにこちらを目指しているという報告もあるし、おそらく間違いあるまい」
「そちらの状況はいかがですか」
「こちらは体勢を立て直してゾンビを迎撃している。何か必要かね?」
「はい。武器と弾薬を寄越してください。詳しい場所はGPS情報を参照してください」
「わかった。すぐ手配しよう。増援も送る。しばらく持ちこたえてくれ」
「ありがとうございます。それから、討ち漏らしが出ていますから、そいつらの掃討をお願いします」
「了解。では、また何かあれば呼んでくれ」
「はい。ありがとうございます」
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