第44話 後輩たち

 静岡県いいのや市を離陸した2機の多用途ヘリと4機の輸送ヘリはおよそ200キロメートルの距離を飛行し、明治神宮外苑の上空に無事到着したところである。地上には既に数機の輸送ヘリが駐機しており、多数の兵士が忙しく走り回っている。管制官の指示で先に着陸したベティ1、2、3、4、5からは岡野とその大隊の兵士たちが飛び出し、一息もつかないまま大隊本部の設営など所定の行動に移った。最後に着陸したのはチョコレート・ワンであったが、その機体に近づく6人の人影があった。大型輸送ヘリのローターが巻き起こす強風にも全く怯まず近づいていく。彼らはチョコレート・ワンの後部ランプが開くや機内に飛び込んで叫んだ。

「お久しぶりです! リーダー!」

 機内の健二郎と郡司、そして恵美とそのスタッフは突然の来訪者に驚いたが、すぐに彼らが何者なのか理解した。健二郎をリーダーと呼んだ彼らは、健二郎や郡司と同じサイボーグ、即ち、バレンタイン3号、4号、5号、6号、7号、8号の面々である。

「おお、みんなもう到着してたのか。久しぶりだなあ。元気そうで何より!」

「そりゃもう。それにしても、リーダー! 相変わらずブサイクっすねえ!」

「サエちゃんはいつも鏡を見てため息ついてるぜ。なあ」

「おっ、サブリーダーもお久しぶりです。相変わらずリーダーの尻を揉みまくってるんですか?」

 サブリーダーと呼ばれたのは無論、郡司である。

「サエちゃんだけじゃねえぜ。お前の尻も揉んでやろう! おらっ!」

「うわー、変態だー。わはははは」

 尻の揉み合いに興じる男どもを横目に、礼儀正しく恵美に挨拶をしたのは2人の女性サイボーグである。正確には、女性型の超強化アーティフィシャルボディに女性の脳を移植したサイボーグである。

「恵美さん、お久しぶりです」

「お久しぶりです」

「ふたりとも久しぶりね。データは毎日受け取っているけれど、やっぱりこうして顔を合わせると安心するわね」

「そうですね」

 女帝と畏怖される恵美も歳下の同性には甘いようである。健二郎や郡司が見たこともない柔和な表情であるというのに、彼らは尻の触り合いに興じてせっかくのチャンスを失ってしまった。

「どこか調子の悪いところはない?」

「いえ。大丈夫です」

「私も全く問題ありません」

「そう。ならよかった」

 健二郎たちを迎えた6人のサイボーグは、全員いいのや市の国立生体工学研究所で脳移植手術を受けている。健二郎と異なるのは、全て正規の手続きを踏んだ上での脳移植手術であり、本人の了承も当然ながら得ているということである。

 バレンタイン号を稼動させ得る脳波パターンの持ち主が発見されると、本人には秘密裏のうちにその経歴や思想などが厳しくチェックされ、人物的に問題ないと判定されてようやく本人に意思確認が行われる。

「ゾンビ根絶のためにあなたの脳を貸してほしい。いや能ではなくて脳ね。ブレイン。ブレインを貸してほしい」

 ここまで直接的な申し出ではなかったにせよ、脳移植手術を受けてサイボーグとなり、ゾンビと戦ってほしいという政府の要請に「はい」と素直に応じたものは1人もいなかった。当然であろう。しかし、それを粘り強い交渉によって応じさせたのが小松川である。一体どのような手練手管を使ったのか、ともかく最終的には全員が納得の上で脳移植手術を受けたのである。

 その後は健二郎と郡司の”暑い”指導の下、訓練をこなし、実戦に参加し、実績を上げた。そうして経験を積んだ後はいいのや市から離れ、各地のゾンビ掃討作戦を補佐、あるいは牽引してきたのである。


 男のサイボーグどもが互いに尻を撫で終えた頃にチョコレート・ワンに岡野から通信が入った。健二郎たちバレンタイン号の面々に大隊本部へ来てもらいたいということなので、健二郎たち8人のサイボーグは連れ立って岡野の大隊本部へ赴いた。

「おう、皆、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「お久しぶりです。岡野中佐」

 健二郎と郡司を除くサイボーグと岡野がひとしきり再会を喜ぶと岡野は改まった顔つきになって、スクリーンに地図を表示させた。

「もう概略は知ってることと思うが、諸君にはこの作戦で先陣を切ってもらいたい。まあ、いつも通りと言えばそうなのだがな。諸君は四手に別れて東西南北から同時に封鎖線内に突入して都庁前広場を目指す。4チームのチーム分けは諸君に任せるが、いいかね?」

「なら、サエちゃんが決めちゃえよ」

 郡司の提案に健二郎は戸惑った。

「えっ? ぼくが?」

「ああ、俺たちもリーダーの指示に従いますよ」

「はっはは。三枝君は人望があるな」

「おだてないでくださいよ。岡野中佐」

 と、謙遜しながらも健二郎はまんざらでもなさそうである。肉体美しか取り柄のなかった彼にしてみれば、こうして仕事の成果で評価されるのは嬉しいものなのだ。

「なら、1号と2号は東から、3号と4号は南から、5号と6号は西から、7号と8号は北から突入しよう。この組み合わせならナンバリングが近い分、パートナー同士気心も知れてるだろうし、指揮所も混乱しないでしょう。皆、それでいいかい?」

 7人のサイボーグが頷くのを見て岡野は次の議題に移った。

 その後、いくつかの細かい打ち合わせを行い、彼らは解散した。気がつけば既に夕暮れである。どこからかキンモクセイの香りが漂ってくるのは誰かの装備からだろうか、それとも、天然のキンモクセイからだろうか。8人のサイボーグは恵美のメンテナンスを受けて明日に備えることにしたのだった。

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