第37話 魔都へ!

「準備はいいかい、グンちゃん!」

「おう! いつでも行けるぜ!」

「なら行こう! アローハーーーーあああああ!」

「うおりゃあー! アローハーーーーうおあうおあ!」

 健二郎と郡司はチョコレート・ワンからロープも使わずに飛び降りた。着地と同時にアスファルトが陥没し、両名は派手な水音を立てて水没した。

「な、なんで水の中に!?」

「いったい、どうなっとるんじゃあ!」

「水の中のバカ2人、こちら山内。だからロープを使えと言ったのよ。そこは地下鉄のトンネルよ。地下水で土砂が流出したのね。早く上がってらっしゃい」

「そういう理由があったなら早く言ってくださいよ。恵美さん」

「ヘルメットかぶってて助かったぜ」

 健二郎と郡司は水から上がって、周囲を見渡した。ここは東京丸の内である。かつては国内で最も洗練されたオフィス街と謳われ、ビジネスマンたちが肩で風を切って闊歩した街である。しかし今や、人が創出したあらゆるものが色褪せ、薄汚れ、灰色に染められた薄暗い街と化してしまっている。かろうじて色彩を保っているのは黄葉したイチョウやオレンジ色の花をつけたキンモクセイなどの草花ぐらいであるが、それらも冬になって花や葉が散れば、いよいよ街は無彩色になるかもしれない。

「グンちゃんよ。これはもう街じゃないぞ。遺跡だ」

「まったくだぜ。ここまで荒んでいるとは思わなかった」

 健二郎と郡司は3週間前に作戦室で話し合われた、都心部におけるゾンビの凶暴化を確認するための作戦を始めるところである。

 今回の作戦の目的は2つある。

 ひとつは、都心部のゾンビが本当に凶暴化しているのかを見極め、それが正しければ研究用にゾンビを10体捕獲することである。

 もうひとつは、変種、融合種の他に新種のゾンビがいないかを可能な範囲で探るというものである。


「具体的にはどうするんだっけ? サエちゃんよ」

「東京駅からJRの中央線沿いに新宿大交差点へ向かえ。その際、各駅ごとにゾンビを50体以上掃討しデータを取得せよ、だよ」

「そうだった。それにしてもまあ、都心部と言っても広いから、こうするのが妥当なんだろうけど。山手横断ゾンビ巡りツアーをさせられるとはなあ」

「大したことないさ、駅も10駅ぐらいしかないしね。でも、ゴールが新宿ということは、やっぱり最初のゾンビ発生地である新宿を特別視してるってことだね。ゾンビのサンプルも新宿で生け捕りにしろって命令だよ」

「まあ、俺たちの脚ならそう大して時間もかからんか」

「たぶんね。そういえば、ゾンビをおびき寄せるための機材を大交差点に輸送してるって話だけど、どんな機材か聞いてるかい? グンちゃん」

「いや、聞いてない。まあ、でかいスピーカーを並べるとかそんなんじゃないのか」

「そうだろうね。さて、ぼくらはぼくらの仕事をしながら新宿に向かうとしようか」

「おう。まずは見せてもらおうか。魔都東京に巣くうゾンビの実力を!」

 郡司は眼前のゾンビの大群を不敵に睨みつけて機関銃を構えた。

「グンちゃん、なにかっこつけてんの」

「いいじゃねえかよ。一度言ってみたかったんだよ。こういう台詞」

「やれやれだね。さあて、それじゃ行こう! 突撃!」

 健二郎は超合金製の大矛を構えて走り出した、同時に銃声が辺りに轟くとゾンビの群は異常を察したようである。ゾンビの群は健二郎をめがけて殺到していった。

「速い!」

 健二郎はゾンビの接近スピードに驚かざるを得なかった。予想以上である。走りこそしないが、その速度は普通の人間が早歩きをするのと同程度であろう。調布と川崎で健二郎が武器を振るう間合いを読み違えて斬撃に失敗したのは、やはり、ゾンビの接近が想定以上だったからである。

 ゾンビの大群は害意をむき出しにして健二郎に食らいかかる。健二郎は大矛でゾンビの突進を阻止した。

「重い!」

 これまでゾンビの突進を受け止めるなど何度となく経験してきたが、これほど強力で乱暴な突進は初めてであった。バレンタイン1号であれば、耐えられるが、普通の兵士ではひとたまりもなく圧し潰され、食われるであろう。

 健二郎は大矛でゾンビの攻撃をあしらいつつ、ゾンビをつぶさに観察した。ゾンビの眼は赤黒く血走り、咆哮は鋭く高い。顎を全開にし、骨ごと砕かんばかりの力で健二郎に食らいかかるさまは、狂乱と言ってよいであろう。自分の力も制御できないのか、身体の各所から血が滲んでいる。

「グンちゃん。どう思う?」

「ああ、後ろから見ててもわかる。動きが全然違うな。ここのゾンビは」

「動きだけじゃないよ。この獰猛さ。手が付けられないよ」

「ということは」

「うん。なぜかはわからないけど、やっぱり都心のゾンビは強力で狂暴だってことさ」

「やれやれ、この先の掃討作戦はしんどくなるな」

「そうだねえ。差し当たりここのゾンビも活動停止させられるか確認しよう。反撃だ!」

「おう、まかせろ。行くぞ! ファイヤー!」

 郡司の機関銃弾がゾンビの頭部を粉砕していった。頭骨と脳漿があたりに撒き散らされゾンビは将棋倒しの如く倒れていく。健二郎は大矛を縦横に振り回し、激烈な斬撃をゾンビに振る舞った。瞬く間に健二郎の大矛にはゾンビの肉片と骨片がまとわりつき、戦闘服には返り血が飛散する。見る間にゾンビの屍体が積み上げられていった。

 50体ほどもゾンビを活動停止させて、健二郎と郡司はしばらく歩かなくなった屍の様子を観察したが、崩れ、倒れたゾンビはそれきり動かなかった。たしかにこの地のゾンビは腕力も攻撃性も際立っているが、これまで通りの攻撃で活動停止させられることが実証された。もしも首を落としても倒れない、脳を粉砕しても動き続けているなどということになれば、どうなっていたことか。

「さて、グンちゃん。次の駅へ行こうか」

「つぎは〜かんだ〜かんだにとまりま〜す」

「なんで突然車掌さんの真似してんの」

「いや、なんとなく」

 健二郎と郡司はそのまま神田、お茶の水、水道橋と続けざまに各駅付近を彷徨うゾンビの性質と身体能力のデータを取得していった。精密な解析は田井中の研究所に任せるとして、彼らの所感としては、この辺りのゾンビは現在の封鎖線付近を徘徊するゾンビよりもパワーとスピードに勝り、攻撃性については比較にならないほど激しいというものであった。

 健二郎と郡司は4時間で10の駅での調査を終え、新宿駅にたどり着いた。

 世界で最初にゾンビパニックが発生した街である新宿に、実に4年ぶりに足を踏み入れたのは世界で最初のサイボーグ・三枝健二郎と郡司和仁の両名であった。

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