第36話 相談

 健二郎と恵美が作戦室に赴くと、そこには岡野と小松川と田井中、そして郡司がたむろしていた。

「結構偉い人たちなのに、なんでいつもここで駄弁ってるんだろうな」

 健二郎は疑問に思ったが口にすると、これまで築いてきた関係にも影響を及ぼしそうなので黙っていた。

「こんにちは、皆さん。ちょっと相談と言うか、気がついたことがあるんですが」

「ほう。何かね?」

 岡野が野太い声で応じた。しかし、まだ世間話の延長のつもりなのだろう。その声にはまだ緊張感は感じられない。

「この前の川崎の作戦で、ぼくはゾンビがわずかですが凶暴になっていると感じたんです」

「ほう?」

 岡野の声が緊張を帯びた。

「実はこれで2回目なんです。最初にそう感じた時の映像を探しました。これです」

 健二郎はスクリーンにさきほどの視界映像を再生した。健二郎が首筋を二体のゾンビに噛み付かれる様は、特に同じサイボーグの郡司には少なからぬ衝撃を与えたようである。

「おいおい、サエちゃんともあろうサイボーグがゾンビに食いつかれてるじゃねえか。これはなるほど、何かがおかしいな」

 恵美は先ほどチェックした情報を全員のタブレット端末に転送した。

「私も気になりまして、この時と川崎のバレンタイン1号及び三枝健二郎君の脳の状況の記録を確認しましたが、こちらには異常ありませんでした。ですので、川崎と調布のゾンビはこれまでに遭遇したゾンビと比較して、何らかの異常があるのではと考えられるのです」

「三枝さん! この映像はいつのものですか! どこのものですか!」

 血相を変えて健二郎の両肩を掴んだのは、一同の中で最もおとなしい田井中である。健二郎はその怒濤の勢いに縮み上がった。

「おわわ、え、ええとたしか春の終わり頃です。場所は調布のデータセンターです」

 調布のデータセンターと聞いて思い当たったのは小松川である。

「ああ、あの時か。ぼくがサーバーのデータ回収を依頼した作戦だね。変種が確認されたのもそのときだ」

 健二郎は頷いて肯定した。

「調布と川崎か。地図だとこことここだな」

 岡野は地図をスクリーンに表示させて調布のデータセンターと川崎の工場に印をつけた。しかし、これだけでは何もわからない。一同が押し黙っている中で口を開いたのは恵美である。

「健二郎君、あなたが今までゾンビ掃討に参加した場所を地図に出してみて」

「ああ、はい。コンピュータに出させます」

 健二郎はバレンタイン1号のGPS記録と作戦記録を照らし合わせた結果をスクリーンの地図上に表示させた。神奈川県東部、埼玉県南部、千葉県北西部など、ほぼ現在の封鎖線と重なる位置に印が付けられている。

「まあ、神奈川が多いのはここから近いから当然として、だいたい封鎖線沿いだな。しかし」

「うん。調布と川崎だけ突出して都心部に近いね」

 郡司は岡野と小松川の指摘を受けて、素っ頓狂な声を上げた。

「えっ、変種や融合種は都心部に近づくにつれ数の増量が確認されてるって話っすけど、普通のゾンビは都心部に近づくにつれパワーが増量してるということっすか?」

「ちょっと修正するなら、普通のゾンビは都心部に近づくにつれ数もパワーも増量しているということだね。もしかしたら、変種や融合種もパワー増量しているかもしれない」

 縁起でもない小松川の推測に郡司は頭を抱えた。確証はないがおそらく小松川の言う通りであろう。男たちがうんざりとした沈黙でいる中、ひとり不動であったのは紅一点の恵美である。

「田井中さん、この件を調査していただきたいのですが。何が必要ですか?」

「うーん……調査と言いましてもサンプルのゾンビがいないことには……いま捕獲しているサンプルを捕獲場所という観点で調査し直せば何かわかるかもしれませんが……」

 田井中は恵美が苦手なのだろうかと健二郎は思ったが、口には出したのは別のことである。

「岡野大尉、軍の方では何かそういった報告とか噂とかないんですか」

「うーむ、聞いたことがないな。都心部に近づくにつれゾンビが強くなるというなら、これまでの戦いでもそう感じる兵がいてもいいはずだがな」

「たぶん俺と同じなんじゃないすかね。俺は主に射撃でゾンビとやり合ってますが、遠くからの射撃じゃ気付かないすよ。ゾンビと密着するサエちゃんだから気付けたんだ」

「なるほど。三枝君と山内主幹が言うのなら、ゾンビが都心部に近づくにつれて強く、凶暴になるのはおそらく事実なのだろう。取り返しがつかないことになる前に手を打ちたいが、第三者的な証拠がないのが歯痒いな」

 同様に考えていたのは田井中であるが、彼にはゾンビを調査する術があった。

「では、証拠を探してみましょう。ゾンビをそうですね、10体ほど生け捕りにしてください。それで何かわかるかもしれません」

「ゾンビの生け捕りか。こりゃあ、俺たちの出番だな。サエちゃんよ」

「そうですなあ。グンちゃんよ。それにしても、この場合、生け捕ると言うと……」 

 健二郎の言葉を継いだのは小松川である。

「そうだね、どうせなら都心部ど真ん中のゾンビも調べるべきだね。都心部に近づくにつれてゾンビが強力になるという仮説を証明するならね」

 もっともな指摘である。この場合、地域ごとにゾンビを比較しなければ意味がないのだ。

「ううむ、生け捕りだけなら三枝君と郡司君に依頼すれば造作もないだろうが……」

 珍しく歯切れの悪い岡野である。一同は岡野の次の言葉を待った。

「仮に都心部にまで行くなら、他にもいろいろデータを集めたいと思いましてね。例えば、またどんな変わり種のゾンビがいるかわかりませんからな。できるだけ多くのゾンビを写真なり映像なりに収められればと思ったんですが、その方法が思いつかなくてね」

 恵美は無意識に右手を顎に当てた。

「やはり、音でおびき寄せるのが最も簡単かつ確実なのでは?」

「そうなんですが、都心部という、いわば敵の本拠地で大音量を発生させられるような装備もノウハウもないのですよ」

 困り顔の岡野に助け舟を出したのは小松川である。

「岡野、そういうことなら任せな。調達してきてやろう。アテがある」

「お前は本当に顔が広いな。すまんが頼む。田井中さん、他には何か?」

「そうですね。もしかしたら環境によるものかも知れないので、現地の環境データを取得しておきたいところです」

「なるほど。それでは観測班を手配しましょう」

「ありがとうございます。岡野大尉。それでは、お手数ですが皆さん、よろしくお願いします。正式な要請は我が研究所から近日中に出しますので」

「やれやれ、それにしても、僕らが若い頃は”魔都東京”なんて言葉がはやったけど、いまごろ東京はどんな魔窟になっているんだろうねえ」

 その日、なし崩しに始まったミーティングは小松川の独り言ともつかぬ、嘆息で締めくくられた。

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