第32話 モールで大乱闘!

 バレンタイン号を運搬し、サポートする専用輸送ヘリ、チョコレート・ワンの窓はそれほど大きくもないが、強力な夏の太陽光によって機内はまぶしいほどである。

 そのチョコレート・ワンの機内で健二郎と郡司は最終チェックを受けているところであった。

「作戦室へ。こちら山内。バレンタイン1号及び2号の戦闘モードへの移行許可願います」

「こちら岡野。許可します」

「こちら小松川。どうぞ」

「ありがとうございます。さ、健二郎君、和仁君、許可が下りたわ。戦闘モードに移行して」

「了解。モード変更、戦闘モード!」

「俺も行くぞ。モード変更、戦闘モードじゃあ!」

 健二郎と郡司の腹部にある動力炉が出力を増加させ、彼らの身体の末端に至るまでパワーが漲っていく。視界には戦闘に必要な情報がいくつも表示され、嫌が応にも緊張が高まる。

「2人ともいいわね? 皆、最終チェックにかかって」

 恵美とそのスタッフが健二郎と郡司の身体に取り付き、なにやらいじくり回す。毎度のことだが、くすぐったさをこらえるのが大変である。

「和仁君は初めての屋内戦闘になるのね」

「そうっすね」

 今日の健二郎と郡司の作戦目的は、神奈川県横須賀市にあるショッピングモール・サガミウラ内にたむろしているゾンビを排除することである。健二郎たちがモールを確保した後は、軍がモールをこの地方の前線基地として使用するという話である。

 サガミウラは商業施設としての規模は小さいが建物自体はそれなりに大きい。よくいえば広く開放的な空間であるが、悪くいえば無駄なスペースを多く内包しているということでもある。南北に長い三階建ての建物で、中心線上は吹き抜けになっており、東西に店舗が軒を連ねている。オープンから1年も経たずにゾンビパニックに見舞われた不運のモールである。

「だから今日の武器はあれです」

 郡司はそう言って機内の一角を指し示した。そこにはいつもの汎用機関銃ではなく短機関銃が数丁置かれていた。

「見たところただ単に銃が短くなっただけに見えるけど何が違うんだい? グンちゃん」

「まあ、一番の違いは弾丸だな。射程の長いライフル弾じゃなくて、射程の短い拳銃弾を発射するんだ。それに銃が小さい分、取り回しもしやすい。今日は屋内戦闘だから、大げさな武器は返って不利だ」

「なるほど〜」

「ただ、いつもと違ってタマが切れたら弾倉を交換しなきゃならないんだ。だから援護が途切れ途切れになるかもしれん。そこはよろしく頼む」

「なるほど。わかった」

「サエちゃんは今日はどうするんだ?」

「今日は刀かな。それと短剣。屋内戦闘だからね」

「なるほど。ああそうだ、一応、防具も付けとくか」

「そうだね。そうしよう」

 恵美のスタッフがディスプレイから顔を上げた。

「全て異常なしです」

「ありがとう。というわけだから健二郎君、和仁君 行ってきなさい」

「は〜い」

「うっす」

 健二郎と郡司は戦闘用ヘルメットをかぶり、腕と脚に防具を装着した。武器を手に取り、チョコレート・ワンの側面ハッチを開く。サガミウラの屋上まで17メートルである。

「行くぞ! アローハーーーあああああ!?」

「おりゃああ! アローハーーーおおおおお!?」

 健二郎と郡司は強力な海風に煽られて巨大な看板に衝突し、バランスを失って屋上の室外機に叩き付けられ、海鳥の糞の塊の上に落ちた。

「もう帰ろうか。グンちゃんよ」

「ほんと。そうしたいぜ」

 健二郎と郡司はのそのそと立ち上がり回りを見渡した。さすがに屋上にゾンビはいないようである。

「さて、予定通り三階から掃討にかかろう」

「おうよ」

 健二郎と郡司は屋上のドアを蹴破り3階に降りていった。

 3階から見下ろすサガミウラの内部はまさしくゾンビパラダイスであった。ゾンビが押し合いへし合い、バーゲンセールでも開催されているかのようである。ゾンビは駅やこうしたショッピングモールなど、人が集まる場所に溜まりやすいと言うが、その通りなのであろう。

 健二郎は現在地を確認した。それによると彼らは今、3階西側にいるらしい。

「グンちゃん、今ぼくらはここにいるから、時計回りに掃討していこう。ぼくが斬り開きながら前進するから、グンちゃんは後ろから来るゾンビを頼む」

「了解だ」

「よし、それじゃ行こう! 突撃!」

 健二郎の刀が複数のゾンビの首を一振りではね飛ばす。倒れる屍体には眼もくれず走り、息をつく間もなくゾンビの首を胴から切り離していった。

「ファイヤー!」

 異常を察して大挙押し寄せてきたゾンビの集団を郡司の銃弾が押しとどめた。いつもと勝手が違う銃であるが、それは調整済みで、バレンタイン2号のコンピュータは正確な射撃指示を郡司の眼と腕に送り続けた。いくつもの半腐りの頭部が破砕され、血と脳漿がショーウィンドウに飛び散った。

 椅子とテーブルと食品サンプルを蹴倒しながらイタリアンパスタの店から躍り出てきたのは、変種の群であった。変種は剛腕を振り回して健二郎と郡司に殴り掛かった。

「サエちゃん! 分断されるぞ!」

「わかってる! 先にこいつらを排除するんだ!」

 健二郎は右手の刀で前方のゾンビを牽制しながら、左手で短剣を抜き、割って入った変種を仕留めていった。郡司も同様に右手の機関銃で後方のゾンビを牽制しつつ、左手の拳銃で変種を撃ち倒した。分断の危機を免れ、彼らは前進を再開した。

 モールの床には血と腐肉片と骨片が撒き散らされ、頭部を失ったゾンビが折り重なっていった。健二郎と郡司は2時間で三3階と2階の制圧を終えて、1階の掃討にかかることにした。

 健二郎は剛刀を振るいゾンビの首をはね、蹴りや拳を叩き込んでゾンビの脳を粉砕した。

 郡司は健二郎の背後から援護射撃を加えている。援護射撃と言っても牽制射撃ではなく、正確無比な射撃である。一弾一弾が正確にゾンビの脳を破壊していった。

「弾倉交換!」

 郡司は空になった弾倉を抜き捨て、新しい弾倉を銃にセットした。再び郡司の銃が鉛の弾丸を吐き出し、ゾンビと化して彷徨う人々を永遠に解放していった。

 健二郎と郡司は徐々に移動しながらゾンビを活動停止させていった。小規模なショッピングモールといっても、やはり2人だけでは広く感じるものである。

「そりゃああ!」

「ファイヤー!」

 健二郎と郡司は当初の想定よりも苦戦していた。やはり屋内では必然的に交戦距離が小さくなるので、息をつく暇がないのだ。

「だから屋内戦はいやなんだ。グンちゃん、大丈夫か!」

「大丈夫だ! 畜生! 近寄るなこの野郎!」

 大乱戦である。殴り飛ばされたゾンビがショーウィンドウを粉砕し、不幸なマネキンはゾンビもろとも首をはねられた。平積みの書籍が床にぶちまけられ、カートは大暴走し、中央ホールにそそり立つオブジェはあえなく倒壊してしまった。

「グンちゃん! 一旦、立て直そう。二階に上がるんだ!」

「おう!」

 健二郎と郡司はゾンビのまとわりつくゾンビを引きはがして二階に退避した。獲物を見失ったゾンビが絶叫を上げている。

「やれやれ、ちょっと一休みだ」

「そうだな。よいしょっと」

「あっ、グンちゃん、ヘルメットは取っちゃだめだ」

「えっ、なんで? ぐわっ!」

 ヘルメットを外した郡司の鼻を強烈な腐臭と大量の埃が襲った。ここは屋内で、風がないのをうっかり失念していたのだ。あわてて、郡司はヘルメットをかぶり直した。

「畜生、ひでえ目にあった」

「ぼくも一度やらかしたことがあるんだ。忘れがちだけどあいつら半分腐ってるんだよね」

「あれで動いてるんだから不思議なもんだぜ」

「その辺は田井中さんたちが必死に研究してるけど、いまだに”詳細不明”だからね。さて、もう一仕事いこうか」

「おう。バーゲンセールもそろそろ終了だ」

 健二郎と郡司は各々それまで使用していた武器を捨て、予備の武器を構えた。

「行くぞ! 突撃!」

「ファイヤー!」

 再びサガミウラは阿鼻叫喚の巷となった。敵意と害意をむき出しにして食らい掛かるゾンビの大群に、健二郎と郡司は刃と弾丸で応じた。健二郎と郡司は包囲されぬよう機敏に立ち回り、着実にゾンビの数を減らしていく。無数のゾンビが刃と弾丸によって打ち倒されていった。制圧はもはや時間の問題である。健二郎と郡司はさらに2時間の激闘を展開したのち、サガミウラのゾンビ掃討を確認した。


 健二郎と郡司は最寄りの前線基地に着陸しているチョコレート・ワンに帰投した。

「おかえり! 2人とも!」

「大戦果おめでとう!」

「おっつかっれちゃーん!」

 恵美のスタッフが洗浄機のノズルを向けて、いつものように健二郎と郡司の返り血と腐臭を洗い流した。

「はっはっはっ。大したことはないよ。はっはっはっ」

「皆さんのおかげでこの郡司和仁! 今日も人々のため、お国のために働くことができました! ありがとうございます! 今日も美味い酒が飲めそうだ!」

 健二郎と郡司はチョコレート・ワンの機内に乗り込んで、恵美に帰投の報告を行った。

「恵美さん。健二郎、戻りました〜」

「郡司、ただ今戻りました」

「お帰りなさい、2人とも。今日は何か変わったことは?」

「う〜ん、ぼくは特にはないかな。グンちゃんは?」

「いや、俺も今日は特にないな。いつも通り、てんやわんやだった」

「そう。ならよかった。さて、じゃあ帰るまでに一通りチェックを済ましてしまいましょうか」

「は〜い」

「うっす」

 

 健二郎と郡司が確保したサガミウラは今後、軍の前線基地として利用される予定である。人類はまたひとつ、小さくはあるが解放への橋頭堡を築いたのである。

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