第30話 郡司の初めて(その2)

 作戦開始から3時間が経過していた。それにしても、さすがに1万を越えるゾンビの掃討は骨が折れた。ここまでで郡司は弾丸の補給を2度受けているので、消費弾薬数は6000発を越えるはずである。健二郎もいちいち数えてなどいないが、2000体ほどは活動停止させたはずである。そろそろ終わりが見えてもよいころであろうと木立の中で健二郎たちが感じたときである。健二郎でさえも経験したことの無いアラートを健二郎と郡司のセンサーが発した。

「上だと!?」

 何のためだったのだろうか、木に登っていたゾンビが健二郎めがけて飛び降りたのである。バレンタイン1号のコンピュータがとっさに防御姿勢をとりはしたが、健二郎はうつ伏せに組み伏せられてしまった。

「おおう!? サエちゃん!」

「な、なんだこいつ? 重い!」

 悪いことは続くものである。郡司のセンサーが後方から急速に接近する何者かを感知した。郡司が振り返るのとゾンビの膝蹴りが郡司の顎に叩き込まれたのは同時であった。ヘルメットのバイザーが割れて平均的な日本人顔があらわになってしまう。

「いってえ!」

「どうした、グンちゃん!」

「蹴り飛ばされた!」

「ゾンビに!? 走る個体か」

「いや違うぞ。両脚がきれいなまま異様に発達してる。こりゃあ、”走る変種”だぜ。サエちゃんよ」

「走る変種? くそ、この野郎、いつまで人の上に乗ってるんだ!」

 健二郎はのしかかるゾンビを払いのけた。普通の人間であれば圧し潰され、そのまま食われていたであろう。健二郎を襲ったゾンビは通常の3倍の体積はあろうかという異形であった。その異形を見た健二郎はため息をついた。

「なるほど融合種か、道理で重いわけだ」

 いつの間にか残りのゾンビが周囲から押し寄せてきている。走る変種は猛然と郡司に襲いかかった。郡司は慌てて銃を構えたが、照準を定める前に郡司は走る変種に懐に飛び込まれ、組み付かれてしまった。長い銃身が災いして銃口を走る変種の体に押し当てることができない。刀を抜こうにも柄に手をかけることもできない。

「大丈夫か、グンちゃん!」

「こっちは大丈夫だ! 畜生、やっぱりナイフにしておくべきだったか」

「少し待ってて!」

 健二郎は視界を熱感知モードに切り替え、融合種を観察した。頭部と右脇腹にはっきりと、左上腕と胸の辺りにおぼろげに熱源が認められた。この4カ所に脳があるのであろう。健二郎は一撃で融合種の頭を斬り落とし、次いで右脇腹の脳を突き刺した。突き刺したたまま手首をひねり、脳を強引にえぐり出す。融合種は汚濁した血液を首と右脇腹から噴き出しながらもなお健二郎に迫る。すでに口も歯も顎すらも無いというのに、まだ食いつこうというのだ。健二郎は大矛を繰り出し、融合種の胸骨と脳と脊椎を貫いた。しかし、熱感知センサーはいまだ、胸に熱源を認めている。胸の脳はまだ機能しているのだ。今更ながら、ゾンビを活動停止させるには、ゾンビの脳を除去するという基本を思い起こされた健二郎であるが、はたと対処に困った。

「こちら山内よ。健二郎君、和仁君聞こえる?」

「ああ、恵美さん。いまちょっとピンチでですね」

「わかってるわ。健二郎君、まず和仁君を救出して。それからお互い相手を変えなさい。今のままだと相性が悪いもの同士よ」

「なるほど、わかりました」

 健二郎は融合種に背を向けて駆け出し、郡司と組み合っている走る変種を蹴り飛ばした。

「すまん、サエちゃん」

「グンちゃん、融合種を頼む。胸と左腕に脳があるから、吹き飛ばしてしまうんだ!」

「おかしな日本語だけど、よしわかった!」

 健二郎は、起き上がり再び駆け寄って来る、走る変種の首に大矛の強烈な突きを繰り出し、首と胴を永遠に分断した。走る変種の四肢は数回の激しい痙攣の後、動かなくなった。

「ファイヤー!」

 郡司の弾丸は融合種の左腕を肩から千切り飛ばし、胸と背中に巨大な穴を穿った。4つの脳を全てを失った融合種は血と肉片を飛び散らせて深い芝生に倒れた。

「グンちゃん、あとは雑魚ばかりだ。一気に片付けてしまおう」

「おうよ、了解!」

 健二郎と郡司は押し寄せるゾンビの大群を刃と弾丸で押しとどめ、押し返し、やがて消滅させた。健二郎と郡司は1万ものゾンビを5時間弱で殲滅したのである。


 健二郎と郡司は、フェアウェイに着陸したチョコレート・ワンに向かってとぼとぼと歩いていた。さすがに疲労していたのである。肉体的にでは無論なく、精神的にである。1万対2の戦いを終えた後ともなれば無理からぬことであろう。

「いやあ、大変だったな。サエちゃんよ」

「グンちゃんよ、家に帰るまでが初陣だぜ」

「まだ何かあるのか?」

「あれだよ」

 郡司は面食らった。チョコレート・ワンの後部ランプが開き、恵美のスタッフが一列横隊に並んだかと思えば、揃って銃口をこちらに向けてくるではないか。

「撃て」

 恵美の号令一下、洗浄液が高圧力で斉射され、健二郎と郡司の体を叩いた。彼らの全身に飛び散ったゾンビの腐汁と血が見る間に洗い流されていく

「ちょっ、ぶべべべぶぼぼ」

 郡司はヘルメットのバイザーが割れているので、口といわず鼻といわず洗浄液が突入してくるのである。これはゾンビに殴られるより苦しいであろう。

「はい、撃ち方やめ。2人ともお疲れさま」

 洗浄液の洗礼を受けてずぶ濡れの2人をスタッフと兵士が歓呼で迎えた。

「健二郎さん、和仁さん,お疲れさまでした!」

「健二郎君、和仁君、いやあ、大戦果だぞ!」

「2人とも無事でよかったな!」

 健二郎と郡司はヘルメットを脱いで彼らの歓呼に応えた。

「やあ、みんなありがとう。今日も無事に帰ってこられたよ」

「皆さんの支援のおかげで、この郡司和仁、大勝利で初陣を飾ることができました! ありがとうございます!」

「まあでも、今日はずいぶん楽ができたけどね。グンちゃんがぼくのケツを守ってくれたおかげさ」

「サエちゃんよ。サエちゃんこそ俺のケツをよく守ってくれたな。感謝するぜ」

 讃え合いながらお互いの尻を揉み合う健二郎と郡司に、恵美はもう一斉射くれてやった。噴き出す洗浄液の直撃を食らって健二郎のブサイク顔と郡司の平均顔が揃って変形した。

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