第27話 近くの1号、遠くの2号

 作戦室が宴会場と化した翌日である。健二郎と郡司、そして恵美と栗田とそのスタッフが訓練場に顔を揃えた。バレンタイン1号と2号の初の合同シミュレーションを行うためである。しかし、その前に健二郎はバレンタイン2号についての説明を求めた。何せ彼はバレンタイン2号について何も聞かされていないのである。

「それで、グンちゃんは、と言うかバレンタイン2号てのは、どういう運用の仕方をするんだ。栗田のおっさん」

「お前さんにしてはいい質問だの。それにはまず、バレンタイン1号がどのような運用思想で開発されたのかをはっきりさせねばの」

「どのようなって、近接戦闘だろう。ゾンビの首をはねるために」

「その通り、それに対してバレンタイン2号は遠距離戦闘での運用を想定しておる」

 栗田の大ざっぱな説明を補足するのは恵美の役目である。

「つまり銃による射撃よ」

「射撃ですか? それなら軍の部隊でも可能じゃないですか」

「理論上、バレンタイン2号であれば、軍の2個小隊分の成果を1人で挙げられるようになっているのよ」

「2個小隊分? どうやってそんな火力を?」

 健二郎は先日の新平塚駅で融合種に浴びせられた、一斉射撃の光景を思い起こしていた。あれだけの火力を1人でどうやって再現するというのか。

「健二郎君、火力ではなくて成果よ」

「でも、火力がないと戦果も上げられないでしょう」

「回りくどかったわね。バレンタイン2号にかかれば、小さな火力でも大きな戦果を挙げられるということよ」

「どうやって?」

 健二郎の疑問にふんぞり返って答えたのは栗田である。

「まずは武器じゃな。自動小銃は無論のこと、機関銃も1人で運用できる」

「自動小銃と機関銃の区別がよくわからんが、それで?」

 栗田は大げさに呆れたような仕草をしてみせた。

「お前さん、岡野大尉の中隊と半年以上も行動を共にしておいて、それぐらいの区別もつかなんだのかね?」

「うぐっ」

 健二郎は返答に窮した。健二郎とて、岡野の中隊に機関銃小隊という部隊があるのは承知していたが、具体的にどのような装備をどのように運用するのかは不承知であった。

「自動小銃も広義には機関銃だけど、この場合、自動小銃よりも大きな弾丸を連射する、火力支援用の銃のことよ。ふつうは2〜3人で運用するそうだけどね。それをバレンタイン2号単体で運用しようというの」

「恵美さん、銃のことまで知ってるんですか」

「そのあたりは岡野大尉に聞いたのよ。健二郎君も岡野さんや小松川さんにいろいろ話を聞いてみなさい。知識の吸収はいいものよ」

「精進します……」

 話し方は穏やかであるが、恵美の怜悧な美貌で説教をされると、全身が強ばるか、歓喜に震えるかどちらかであろう。健二郎は前者であった。話を戻したのは栗田である。

「で、バレンタイン2号の火器に対する最適化の内容じゃが。ハードレベルでいうと反動吸収機能が搭載されておるし、狙い撃ちが可能なように、より繊細な動きができるようになっておる。おかげで、1号のお前さんよりマッチョで低重心な体つきになってしもうたがな。ソフトウェアレベルでは弾道補正、照準補正機能などだの。これらの機能によって、遠くから、正確に、連続してゾンビの頭部を破砕できるというわけじゃあ」

「おっさん、そうなるともうぼくは、というかバレンタイン1号は無用の長物じゃないか。さあ、ぼくを元に戻せ」

「そんなことはないさね。屋内や狭隘地ではバレンタイン1号の近接戦闘能力は必要となろう」

「ちっ」

「栗田のじいさん。そうなると俺は反対に屋内や狭い場所だと不利ってことか?」

 郡司は栗田のことを”栗田のじいさん”と呼ぶことにしたようである。昨夜の宴会でもうこれだけ栗田との距離を縮めたらしい。

「いんや、バレンタイン1号ほど特化はしとらんが、2号も十分に近接戦闘は可能だて。発揮できるパワー自体は同じぐらいだからの。ただ、2号の場合さっきも言った通り、より繊細に組み上げられておるから、メンテナンスをする側としてはあまり斬ったり殴ったり、特に腕に負荷がかかる行動はできるだけ抑えてもらいたいのう。まあ、しかしそこはバレンタイン2号よりも郡司和仁君の命の方が大事だから、遠慮はいらん。必要に応じてやりたまえ」

「おい、おっさん。かっこいいこと言ってるけど、他人の脳を勝手に取り出した人間が言っても、言葉に魂がないぞ」

「わしゃあ、郡司君の話をしとるんだがのー」

「このおっさん、最後まで詫びの一言も言わないつもりだな。まあいい、それで、ぼくとグンちゃんはどういう風に戦えばいいんだ」

「それは状況次第だと思うがの。基本的には2号の支援射撃を受けつつ、1号が斬り込むということになるだろうの」

「ふははは、安心しろよサエちゃん。お前の尻はおれが守ってやるぜ!」

「ぼくの尻に銃弾を撃ち込まないでくれよ。ふふふ」


「さて、それじゃあ2人とも、シミュレーションを始めましょう」

 健二郎と郡司は訓練用ヘルメットをかぶり、訓練用の武器を手に取った。健二郎は新兵器の矛を構え、郡司は機関銃を構えた。

「じゃ、2人とも訓練モードに移行して」

「了解。モード変更、訓練モード」

「モ、モード変更、訓練モード! でいいのか?」

 健二郎と郡司は訓練モードに移行した。郡司は聞かされていたとはいえ、視界に現れる各種メッセージやレティクルなどの幾何学模様にはやはり驚いたようである。しかしその驚きはすぐに興奮にかわった。

「おお〜、かっこいいじゃねえか〜。まるでロボットアニメを観てるようだ」

「栗田所長、こちらへ」

 恵美と栗田は複数のディスプレイの前に立った。健二郎の視界カメラ、郡司の視界カメラ、第三者視点のカメラ等、複数のカメラが彼らの動きを追うようになっている。

「じゃあ、皆、始めるわよ。ゾンビの数は差し当たり100体から始めます。では開始」

 健二郎と郡司の視界に100体のCGゾンビが現れた。CGといっても、健二郎の記録映像を元に再構成された精緻なものである。そのグロテスクさ、おぞましさはCGとは思えない質感である。

 健二郎は突撃しながら郡司に支援を要請した。

「突撃する! グンちゃん、支援を頼む!」

「お……おう」

 健二郎が矛をCGゾンビの首に突き込み、そのまま真横に薙ぐと、5体のCGゾンビがどす黒い血と腐汁を吹き上げて崩れ落ちる。そのとき、健二郎とたちは奇妙な音声を聞いた。

「ごええええっぷゅぷぷぷ」

 郡司が嘔吐したのだ。それもヘルメットをかぶったままの状態でである。健二郎もそうであったが、サイボーグのくせに嘔吐するとは何事であろう。

「どうした、グンちゃん!」

「シミュレーション中止。和仁君、大丈夫?」

「やれやれ、先が思いやられるのお」

 スタッフは郡司を囲んで対応に苦慮していた。

「ヘルメットを脱がすんだ。早く」

「待て、ヘルメットを脱がすと、辺り一面吐瀉物まみれの地獄絵図になるぞ」

「早くしないと窒息する」

「ああああ、吐瀉汁がヘルメットから滲み出てるうううう」

「水場へ連れて行くんだ。急いで」

「えっほえっほ」

 てんやわんやで一通りの処置をすませて、落ち着いた郡司が言うには、「あんなにグロテスクなものだとは思わなかった」ということである。CGとはいえ、本物のゾンビを間近で見たのは初めてだとも郡司は話した。

「サエちゃんの初陣はどんなだったんだ? あのゾンビに近寄って首をはねたりしたんだろ? キモいとかグロいとかあったろう」

「三枝君は、今の自分の顔を見た瞬間に嘔吐したがのう」

「うるさいぞ、おっさん。自分の顔がこんなブサイクになれば嘔吐ぐらいするわ」

 恵美は腕を組んで、視線を泳がせた。

「健二郎君の初陣ねえ。健二郎君はシミュレーションもなしに、いきなり実戦だったわね」

「そうだったのう。シミュレーター自体なかったからのう。実戦に放り込むしかなかったんだの」

「まじかよ、すげえな。サエちゃん」

 健二郎はあまりよく覚えていない自らの初陣を振り返った。

「あのときは、緊急事態でキモいとか思う余裕もなかったんだよね」

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