第26話 いい知らせと悪い知らせ

「そういうわけで今日からここでお世話になります! 郡司和仁と申します! 以後! よろしくお願いします!」

 郡司は作戦室で改めて自己紹介をした。なぜか軍隊調であるが、それはともかく、彼は健二郎と同じく大学生で、年齢に至っては健二郎の一歳下で二十二歳ということである。酒飲みを自称していたし、態度も大きいし、何より肉体の顔が壮年男性に見えたので、三十代の男性だろうと健二郎は想定していたのであるが、想定は大きく外れた。健二郎は郡司の実年齢について、大きく誤解していたことを彼には黙っていようと決めた。

「そういや、恵美さんはグンちゃんのことを和仁君て呼んでたな。年下だからか」

 そこに遅れてやって来たのは小松川である。

「遅れて申し訳ない。本部から連絡があったものでね」

「ああ! この野郎!」

 小松川の顔を見て突然沸騰したのは郡司である。岡野があわてて郡司を制止する。

「どうした郡司君。彼もここの一員だ。落ち着きたまえ」

「えっ、そうでしたか。いや、すみません。ただ、俺を焚き付けた張本人が、のこのこ出て来るとは思わなかったので!」

 健二郎は隣の恵美に小声で問いかけた。

「グンちゃんに打診しにいった政府の人って、小松川さんだったんですか」

「そうよ。小松川さん自身が行くとは思わなかったけどね。ああ見えてフットワークの軽い人よね」

 小松川は郡司とは対照的に笑顔である。

「やあ、郡司君かい。来てくれてありがとう。差し当たりお礼だ。これをどうぞ」

「むっ! これは隠岐島の銘酒・後醍醐! よくこんなものが手に入りましたね!」

「ふふふ、国税庁のツテでね。今後も気を利かせてもらうことになってるから、楽しみにしてるといいよ」

「ありがとうございます! いやー、今夜はこれで一杯だぜえ!」

 作戦室の一同は、これでだいたい郡司という男を理解したと思った。


「それで小松川よ。土産はそれだけか?」

 岡野は小松川が何か情報を知らされたのだろうと感じたのである。

「うーん、いや、もはや大した情報じゃなくなったんだけどね。少し前にデータを三枝君に持って帰ってもらったろう。そのデータが解析できたそうなんだが」

「ああ、都心部の監視カメラのデータが記録されてるというあれか」

「そう、それ。その映像にこの間、新平塚駅で遭遇した異常種が映っていたそうだ」

 新平塚駅前広場で健二郎と岡野が活動停止させた異形は、特に呼び方も定められておらず、なんとなく”異常種”と呼ばれていた。小松川の知らせを聞いて早合点したのは健二郎である。

「えっと、あの異常種は都心部から四つん這いで平塚まで来たってことですか?」

「ああ、すまない。言い方が悪かった。映像には複数の異常種が映っていたそうだよ。つまり都心部にはあんなのが大勢いるということだね」

「げえ……」

「ふむう……」

 健二郎と岡野は、あれだけの弾丸を撃ち込んでようやく活動停止させた異形が相当数いると聞いて、慄然とした。

「ああ、その異常種については私から申し上げることがあります。岡野大尉、よろしいですか?」

 そう言って起立したのは特殊感染体研究所、即ちゾンビの研究を行う研究所からやって来た田井中である。

「ああ、田井中さん、お願いします。何かわかりましたか」

「ええ、と言ってもまだ速報レベルですが。では、結論から申し上げますと、あの異常種は複数のゾンビの集合体だとわかりました」

「集合体? ほほう、興味深いの」

 栗田は科学者として興味をそそられたようである。たいていの人間が嫌悪感を抱いた中で、この感覚はマッドサイエンティストの呼び声も高い栗田ならではであろう。

 田井中はタブレットを操作して、スクリーンに数枚の写真を投影した。

「まあ、見ての通りなのですが。腕や脚が複数突き出ていることから仮説を立てて、回収した残骸を解析してそのように断定しました。最も肝心なのは、この異常種は手足同様に、内蔵も、当然ながら脳も体内に複数持っているということです」

 室内はうなり声で満たされた。納得したうなり声と、今後の対応に苦慮するうなり声である。1人だけきょとんとしているのは新参の郡司である。

「あの、山内さん。どういうことです。何があったんですか」

「ああ、あの異常種と健二郎君が交戦して、健二郎君が首を落としたのだけど、それでもあの異常種は動き続けてね」

「ほう? ゾンビは首をはねれば動かなくなるんですよね?」

「そう。でもあの異常種は動き続けた。結局、岡野大尉の部隊が銃撃で細切れにしてようやく動かなくなったのよ」

「なるほど。サエちゃんが首をはねても、胴体に残った脳が体を動かしていたということか。岡野大尉はその残った脳も全部吹き飛ばしたから、ようやく異常種は動かなくなったと」

「そういうことね」

 田井中はさらに説明を続けた。

「おそらくは、ゾンビに噛まれた犠牲者が折り重なって倒れた際に、咬傷同士が接触し、ゾンビ化する過程で融合したものであろうと考えております。ですので、我々はこのゾンビを”融合種”と呼称しています」

「融合種……」

 岡野がため息まじりに呟いた。健二郎は最前線に立つ者として、当然浮かんだ疑問を田井中にぶつけた。

「田井中さん、ということは、今後その融合種と遭遇したら、銃撃で木端微塵にするしか活動停止させる方法はないということですか?」

「まあ、それが手っ取り早いですが、近接武器でもなんとかなるかもしれません。要は脳がどこにあるか、わかればいいのです」

「どうすればいいんですか?」

「赤外線で見るんです。ゾンビは基本的に低体温ですが脳だけは、人間ほどではないにしろ熱を持っていますから、赤外線で見て熱量の高いところに脳がある可能性が高いのです。これをご覧ください」

 田井中はそう言って、携帯タブレットを操作し、次の資料をスクリーンに投影させた。

「これはバレンタイン1号の戦闘用ヘルメットに搭載された、赤外線カメラで融合種を撮影したものです。ご覧の通り、頭部と腰部が周囲より高い温度を示しています。粉微塵になってしまったので確認は不可能でしたが、この融合種の場合、頭と腰に脳があったと思われるのです。つまり、このゾンビは1体のように見えて、実は2体のゾンビの集合体だったのです」

 室内は悲観と楽観のため息で満たされた。悲観的に捉えた者は、あのおぞましい異形にこれからも遭遇するのかというため息であり、楽観的に捉えた者は、弱点さえわかれば何とかなるというため息である。健二郎は後者であった。

「なるほど、ではまた融合種に遭遇したら試してみます。ところで四つん這いだったのには何か理由があるんですか?」

「今のところ明確な回答はできませんが、おそらくは、単に自重を支えきれなかったのだろうという見解です」

 健二郎が思うに、融合種が通常のゾンビよりも遥かに嫌悪感を催すのは、四つん這いであるということが大きいのである。健二郎は、融合種の四つん這いに大した意味がないと知って、ひとまずは安心した。

「私からは以上です」

 進行役の岡野は室内を見渡した。

「ありがとうございます。田井中さん。さて、新たな脅威が出現したわけだが、我々にも郡司君という強力な味方が加わったのだ。そう悲観的になることもなかろう。では今日はこれで解散とする」

 郡司は健二郎の目の前に銘酒・後醍醐の瓶を突きつけた。

「さあて、じゃあサエちゃんよ。お近づきの印に今日はこの酒でしっぽりぬっぷり語り明かそうじゃねえか」

「よし、つき合うよ。グンちゃん」

「よろしければ、皆さんもいかがです? 色々教えてくださいよ」

 郡司は健二郎だけでなく周りの人間にも愛想良く誘いをかけた。郡司の陽気な誘いに我も我もと参加者は増えていった。いつの間にか酒とつまみが運び込まれ、代わりに書類と不安は片隅に追いやられた。たちまちのうちに作戦室は宴会場に変身してしまっていた。郡司は一日も経たないうちに、すっかり作戦室のメンバーと化したのである。

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