第24話 新平塚駅ビルの戦い(その2)

 健二郎はとっさに異形と位置を入れ替えて、地面との激突を回避したが無事ではすまなかった。いよいよ右腕が動かなくなったのである。視界に表示される損傷報告のメッセージと警告音が健二郎の焦りを助長した。

「こいつ、どうすればいいんだ。 畜生、一体どうなってる!?」

 一方、異形は転落した程度で動きを止めはしない。異形の体から突き出た腕の1本が健二郎の首を掴み、そのまま締め上げた。健二郎は刀を捨て、背中の短剣で異形を幾度も刺したがまるで効果はない。健二郎は彼の首を締め上げる腕を切り落とし、蹴りを入れて異形から距離をとることに成功した。異形は健二郎に食らいつこうと上半身を起こし、両腕を広げて迫って来る。健二郎は迫る異形の上半身に向かって短剣を縦一文字に振り抜いた。胸骨が粉砕され、腹直筋は切り裂かれた。内蔵が傷口から溢れ出し、化粧タイルの上に赤黒くぬめぬめととした小山を作り上げていく。しかし、異形は自らの内蔵の山を踏みつけながらなお、健二郎を食らおうと前進を続けている。

 健二郎は混乱していた、頭部を切り落とし、これだけのダメージを与えてなお動き続けるのはなぜなのか。これまで万単位のゾンビを葬ってきて、こんなことは一度もなかったのである。打開策の立てられない健二郎はもう一度異形との距離を置いた。一方、異形は自らの内蔵を引きずりながらも新たな獲物を見つけたようである。健二郎を放って向き直ったその先には岡野とその部下たちの姿があった。

「撃て!」

 岡野の命令一下、鉛の、文字通り横殴りの豪雨が異形の肉と骨を容赦なく撃砕した。異形の腕は千切れ飛び、胸部には大穴が穿たれた。それでも倒れない異形を見て岡野はさらに命令を下す。

「射撃、続けろ!」

 鉛の豪雨はさらに雨量を増して異形を打ちつけた。ホローポイント弾を全身に200発以上も受けた異形は原型を留めないほど木端微塵にされて、ようやく活動を停止した。

 健二郎は岡野に近づいて礼を述べた。

「ありがとうございます。助かりました」

「ふふふ、いつも世話になってばかりだからな。たまには役に立ててよかった。それにしてもなんだったんだこいつは」

「わかりません、田井中さんに分析をお願いしましょう」

「そうだな。回収班を手配しよう」


 健二郎と第一特務中隊は全ての任務を終えて、平塚第2前線基地に帰投した。健二郎は例によって、恵美のスタッフによる高圧洗浄の洗礼を受けてチョコレート・ワンの機内に乗り込んだ。

「おつかれさん。健二郎」

「お帰り。無事でよかったな!」

「いやー、今回は大変だったな」

 スタッフと兵士も今日ばかりは、歓呼ではなくねぎらいの言葉で健二郎を迎えた。

「いやいや、何を言ってるんだい諸君。全然、全く問題なかったぞ!」

「と言う割に右腕が動いていないわね。さて、それじゃみんな仕事にかかって」

 恵美の指示でスタッフが健二郎の体に取り付き、機材を操作する。体中をもみくちゃにされる健二郎に、恵美はディスプレイをチェックしながら話しかけた。

「今回はかなり焦ったようね」

「焦ってなんかいませんよ。ぼくはいつでも。冷静沈着、温厚篤実、眉目秀麗の好青年です」

「脳波がめちゃくちゃだったわよ」

「グ、グムー」

「まあ、あのゾンビには私も驚いたわ。一体どういうことなのかしらね」

「本当ですよ。首をはねたのに、まだ動くなんて反則だ」

「ゾンビにルールが通じればね。今までの常識が通用しなくなってきたのかも。でも、岡野大尉のおかげで、少なくとも細切れにすれば動かなくなるのはわかったわね」

「そりゃまあ、だいたいどんな化け物でも、ああまでされちゃ動かなくなるでしょう」

「そうかしら? 細切れにされても肉片がくっついてまた動き出すなんて、映画やアニメでよくあるでしょう」

「そこまで考えてませんでした。確かにそんなことがないとも言い切れない」

「ふうん。どうやら健二郎君は大丈夫なようね。バレンタインの方はどう?」

 恵美の問いかけにスタッフが答えて言うには、肩に異常はなく、肘から下の交換だけで済むということである。

「もう作戦は終わって後は帰るだけだし、交換は研究所に戻ってからにしましょう。そういうわけだから、健二郎君はこのまま休んでなさい」

「そうさせてもらいます」


 この日の作戦で平塚の封鎖線は平塚駅の北400メートルまで前進した。新たな脅威という重大な問題に直面しただけの割に合う成果かと問われれば、誰もが首を横に振るであろう。ゾンビの根絶はまだ遠い先の未来のことのようである。

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