第23話 新平塚駅ビルの戦い(その1)

 健二郎は1階をクリアにした後、上階の捜索に移った。段差の昇降が苦手なゾンビは、階段から転げ落ちることはあっても、階段を上がるということは少ないので、上階に行くほどゾンビの数は少なくなる。この駅ビルも例に漏れていないようで、健二郎は暗視装置と集音センサーを駆使して2階、3階、4階のゾンビを順調に活動停止させた。最上階の5階は半分が飲食店の軒が並び、半分は広いイベントスペースのようである。このフロアは飲食店が多いためか、大きな窓が設置されていたので、暗視モードでなくとも日差しだけで十分に明るかった。

 健二郎は身を潜めて集音センサーで状況を確かめた。

「足音は15体程度。しかしやけに重々しい音があるな。これは猛烈に嫌な予感がする。また変種かな?」

 重々しい足音はイベントスペースの方向から聞こえて来る。健二郎はキューブのスピーカーをそちらの方向に放った。いつものように音楽ユニット”アップルトン”の歌声がキューブから大音量で響きだすと、謎の足音がキューブへ向かって殺到するのがわかった。

「なんだあれは」

 イベントスペースの奥から姿を現したのは、これまで見たこともない異形であった。健二郎の視界カメラをモニターしていた者の幾人かは吐き気を覚えたかもしれない。キューブを弄んでいる異形は、四つん這いで移動するようである。2メートルを超す巨体であるが、ただ大きいというだけでなく身体の各所がいびつに膨れ上がっている。体の所々から角のように飛び出しているそれは、よく見ると人の手や足のようである。

 作戦室で健二郎の視界カメラをモニターしていた小松川と田井中も、仰天せざるを得なかった。

「田井中さん、何ですかあれは」

「これは私も初めて見ます。未確認情報でもこんなものは聞いたことがない。肌や筋肉の様子からして、おそらくゾンビには違いないでしょうが、どうしてこんなグロテスクな怪物めいた姿になったのかは、調べてみないとわかりません」

 まるでゾンビがグロテスクでないような口ぶりであるが、この異形は確かにゾンビよりも遥かにグロテスクで、見る者の嫌悪感を煽った。

「こちら岡野。三枝君、支援が必要かね」

「いえ、まずはぼくが相手をしてみます。ゾンビにはならない体ですから大丈夫です。田井中さん、データ採っといてくださいね」

 健二郎はイベントスペースの方へ歩き出した。一気に駆けて首をはねるのは容易いであろうが、どのようなゾンビか様子を見るため、あえて姿を晒したのである。異形は健二郎に気付き、はっきりと健二郎に向き直った。異形は猛然と健二郎に襲いかかった。四つん這いとは思えないスピードで、巨大な人間の形をした異形が歯を剥き出しにして、食らいかかって来る様は、恐怖よりもおぞましさを感じさせた。

 健二郎はあまり気は進まなかったが、異形の突進を両腕で受け止めた。思いもかけず補食行動を妨げられた異形は、咆哮を上げて丸太のような腕で健二郎をめった打ちにした。知能を感じさせないただの乱打であるが、一撃一撃は重く、通常のゾンビよりも強力だと健二郎は感じた。健二郎は少しの間、異形の行動を観察してみたが、やはり知能や知性、理性の類いは全く感じられない。四肢と角のように突き出した手足を振るって殴打はしてくるものの、しきりに噛み付こうとするところを見ると、やはり目的は肉を食らうこと、それのみのようである。

「ま、ゾンビ以上にグロいけど所詮はゾンビ。パワーもさっきの変種ほどではないかな。田井中さん、データ収集はOKですか」

「田井中です。データは採れました。しかし、油断は禁物ですよ」

「だいじょーぶですよ。力は強い、体はでかい、姿はキモいというぐらいでしょう。はっはっはっ」

 健二郎は刀を抜いて、強烈な斬撃で異形の首をはねた。異形はよろよろと数歩を足踏みした後、イベントスペースの中央に倒れ臥し、それきり動かなくなった。

「こちら健二郎、捜索を再開しまっす」

 健二郎は刀を振るうのに有利なイベントスペースにゾンビを誘導して、一気に15体のゾンビの首をはね飛ばした。ゾンビの屍体は異形の屍体の上に折り重なるように倒れていった。

 健二郎が窓から外の様子を伺うと、広場の中央では岡野の部隊が全周防御の陣を構築して待機しているのが見えた。

「健二郎から中隊本部へ。駅ビルの掃討完了したのでこれより合流します」

「こちら中隊本部。おつかれさん」

 健二郎が無邪気に窓から手を振ってみても、兵士は誰1人気付いてくれなかった。不満そうに口を尖らせる健二郎を我に帰らせたのは、けたたましい警告音であった。

「仕留め損ねたか?」

 健二郎が驚いて振り向いた目の前の光景は、首のない先の異形が両腕を広げて襲いかかって来るまさにその瞬間であった。

「へっ!?」

 異形は健二郎に組み付いた。健二郎の両肩を掴んで乱暴に体をぶつけてくるのは、どうやら健二郎ののど笛を食い破ろうとしているらしい。すでに首をはねられ、歯も顎も存在しないというのに。

「く、くそ! 首がないのになんで動いてる!?」

 健二郎と健二郎の視界をモニターしていた関係者は驚倒した。今度ばかりは恵美も例外ではない。

「どういうこと?」

「いかん、第4小隊! 三枝君の援護に向かえ!」

 岡野の指示を受けた第4小隊の兵士はそのとき、駅ビル5階の窓が破られ、健二郎と何かがもんどりうって転落するのを目撃していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る