第22話 封鎖線を越えて
作戦開始時刻になり、健二郎は岡野の中隊とともに平塚第2前線基地を出発した。200メートルも進むと封鎖線に到達した。封鎖線といっても無論のこと”立入禁止”のテープが張り巡らされているだけではない。大規模な水防工事で使用する大型の土嚢が長城のように連なっているのである。しかし、これは予備線で、万が一にも本線をゾンビに突破されたときのためのものである。健二郎たちはさらに1キロメートルほども歩いたところでゾンビ封鎖線の本線に到達した。大型の土嚢で構築されているのは変わりないが、こちらは土嚢が3段積まれた、高さと厚みのある長城である。近づくゾンビを狙撃するために兵士も配置されている。
封鎖線の門をくぐり、健二郎たちはゾンビ出没地域に足を踏み入れた。ここまで来ると、ゾンビはどこから襲ってきてもおかしくない。できるだけ道路の中央を歩いて担当区画へ向かう。通常の軍事行動であれば、遮蔽物のない道路の中央を歩くなど自殺行為であるが、死角からの襲撃を避けるため、ゾンビが相手ではこの方が安全なのである。
健二郎と岡野の中隊は駅前広場にたどり着いた。健二郎と岡野が簡単に言葉を交わす。
「それじゃあ先行します」
「了解。気をつけてな」
健二郎は腰の刀を抜いて、威勢良く駆け出した。
「行くぞ! とつげき!」
最も近くをふらついていたゾンビが健二郎の足音に気づいたとき、既に健二郎の刃はゾンビの首筋に滑り込んでいた。刃はそのままゾンビの頸椎を粉砕して虚空に飛び出す。健二郎は崩れ落ちるゾンビに一顧だにくれず、次の群へと走った。群の1体が健二郎に気づき、咆哮を上げて健二郎へ向き直ると、その咆哮を聞きつけた周囲のゾンビたちも一斉に健二郎の方へと歩き出す。健二郎は咆哮を上げたゾンビの上下の顎を永久に分割して葬った。鉈のような大型の刀が唸りを上げて振るわれるたびにゾンビの首ははね飛ばされ、頭蓋は破砕された。ゾンビの体液と肉片と骨片が、車両やアスファルト、コンクリート、ショーウィンドウ、信号標識、街路樹など、すでに色を失って久しい街を赤黒く上書きしていった。
健二郎は広場のゾンビを一掃した。その様子を見て待機していた中隊が、広場の中央へ前進して全周防御の陣形を構築して広場を確保する。
「三枝君、こちら岡野。広場を確保した」
「こちら健二郎、了解。これより駅ビルの掃討に向かいます」
「よろしく頼む。中隊長より各小隊へ、打ち合わせ通り行動せよ」
岡野の命令で3個小銃小隊が整然と、迅速に広場から出発していった。中隊本部は機材の設営に走り回り、機関銃小隊は防御陣を構築して広場に待機である。
健二郎は駅ビルに侵入した。電力はとうの昔に失われているので、真夏の昼間というのにビル内は薄暗かった。健二郎は視界を暗視モードに切り替え、内部の捜索を開始した早々に横合いから腹部に強烈な打撃を受けて吹き飛ばされ、ウインドウとマネキンを大破させて柱に激突させられた。棚が倒れ、陳列されていた衣料品が雪崩をうって落ちてきた。
「くそ。この威力は変種か」
健二郎が衣料品の山をかき分け、もうもうと立ち上る埃の向こうに見たゾンビは、右脚と左腕が異常に発達した変種であった。
「しかし、所詮はゾンビ。ぼくの敵ではないぞ」
言葉通り、とはいかなかった。健二郎の斬撃をゾンビが受け止めたのである。正確には健二郎の右手首をゾンビの強力な左手が掴んだのである。思わぬゾンビの行動に健二郎は動揺した。
「へっ!?」
ゾンビが健二郎の動揺を理解したのかは不明であるが、とにかくゾンビは続けざまに、強力な右脚で健二郎の左脇腹に蹴りを叩き込んだ。
「ぶっほ!」
健二郎は今度は吹き飛ばされなかった。しかし、吹き飛ばされた方がましだったかもしれない。右手首を掴まれたままだったので、蹴りの衝撃を右手首で吸収するはめになり、右手から明らかな異音が響いたからである。健二郎の視界にも損傷報告の赤文字が点滅している。
平塚第2前線基地に駐機しているチョコレート・ワンにも、バレンタイン1号の損傷報告がもたらされた。機内には久しぶりに緊張が走ったものであるが、恵美だけは一瞬で報告内容を読み取って、バレンタイン1号の状況を正確に把握した。
「何やってるの健二郎君。変種とはいえ相手はゾンビよ。スパッとやっちゃいなさい。スパッと。ああ、それから右手首と右肘にアラートが出てるけど、まあこの程度ならクリティカルではないでしょう。頑張りなさい」
「血も涙もない応援ありがとうございます……」
健二郎は悄然としながらも背中の短剣を左手で抜き放ち、横薙ぎに一閃して変種ゾンビの首をはねた。いまだ掴まれたままの右手をひねってゾンビの左手を振りほどくと、ゾンビの屍体は埃の積もった床に倒れた。
健二郎が損傷した右手をあれこれ動かしてみたところ、恵美の言う通り、少々軋むものの、任務遂行に支障はなさそうだった。健二郎は刀を鞘に納め、薄暗い駅ビルの捜索を再開した。
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