第20話 新しい武器がほしい!

 翌日、国立生体工学研究所の作戦室の一角で、健二郎はようやく栗田の姿を見出した。栗田は恵美や岡野たちと雑談を交わしているらしい。健二郎は今後の作戦にも影響を与えるであろう事由について、栗田に相談したいことがあり、20分ほども研究所をうろついていたのだ。健二郎は栗田の周囲のメンバーに一礼して栗田に要件を告げた。

「栗田のおっさん。新しい武器が欲しい」

「武器? どんな武器が欲しいのかね」

「うーん、言葉では言い表しにくいんだが、ゾンビの首を突き切ることができる武器が欲しい。」

「突き切る? また妙な日本語を使いおるのう」

「突き切るというか押し切るというか……とにかく、横薙ぎではなくて、正面からゾンビの首をはねたいんだ」

 健二郎は手近のホワイトボードに図を描き始めた。いとも簡単そうに健二郎が描き上げたゾンビの上半身は、太いペンを使用した割には精緻で、見る者全てにゾンビに対する不気味さを再確認させるほどの出来ばえであった。

「三枝君は絵が得意だったんだねえ」

 感嘆と羨望をブレンドした驚きの声を上げたのは小松川である。彼は、可能なら自身で漫画を描いてみたいと切望しているのに、画力が伴わないので涙を飲んでいるのである。

「えっ、まあ、絵を描くのは好きですけど、それほどでもないでしょう。とにかくですね、ぼくが欲しいのはこういうふうにゾンビの首を一突きではねられる平たい鉄板のような武器です。もちろん斬る用途も必要ですけど」

「つまり、仰向けにしてギロチンにかけたいというのね?」

 その場にいた大の男ども全員が首筋に寒気を感じた。なんと恐ろしいことを平然と言い放つ女性であろうか。しかし健二郎の言いたいことは、ようやく皆に伝わった。

「な、なるほど。そうなると幅広の穂先をした笹穂槍、いや、所詮槍だから三枝君が欲する武器とは少し違いますね。まあ、近い武器で言うと矛ですかね?」

 恵美の発言に引きつりながらも、笹穂槍などという武器マニアぐらいしか知らないであろう単語を口にしたのは、やはり田井中である。戦国時代を舞台とするゲーム”信長の覇権”から戦国時代に興味を持ったというからそのような単語が飛び出したのであろう。

「矛?」

 矛という言葉を健二郎は知ってはいたが、どのような武器かは頭に浮かばなかった。田井中がタブレット端末を操作しながら、心なしか嬉しそうに解説する。

「ええ、槍の原型になった武器ですね。古代中国や日本で使用された武器です。歴史の資料集などで銅矛の遺物を見たことがあると思いますが」

 田井中がそう言ってスクリーンに表示させたのは、長い柄の先に諸刃の剣が取り付けられた武器である。

「三枝君が言いたいのは、こんな感じの武器ではないですか?」

「ああ、そうです。こんな感じです。これでこの先っぽの剣がもっと長くて幅広なら文句ないです」

「いままでの薙刀ではだめなのかね?」

 岡野の素朴な疑問ももっともであろう。健二郎はこれまで薙刀を振るって数千数万ものゾンビを葬ってきたのだ。

「あれはあれでいいんですけどね。振りかぶる間に間合いを詰められることが割とあるんですよ。それに、薙刀って片刃だから振り抜いたら手首を返さなくちゃならないんです。この前、刃を返す隙にぶん殴られてブサイクな顔をさらけ出すはめになったので、違う武器を試してみたいなあと」

 健二郎の言葉に田井中は興味をそそられたらしい。生真面目な男が流暢に舌を回し始めた。

「ふーむ、発生時期的には奈良期から平安期にかけて誕生したといわれる薙刀より、弥生期に使用されていた矛が現代になってまた日の目を見るとは、なんとも面白い話です。そもそも立ち合いで首をはねるという行為自体、あり得ない話ですからね。戦場で首を取るという場合は組打で相手を組み伏せて腰刀を使うのが常道で、刃の長い脇差だとやりにくかったという証言も残っています。やはりゾンビが相手では勝手が違うということでしょうか。それに」

 岡野と恵美は田井中の長くなりそうな話を熱心に聞こうとしているが、健二郎はそこまで興味のある話ではないので栗田に向き直って返答を促した。

「で、栗田のおっさん。なんとかしてくれるのか」

「ようわかった、制作部に依頼しておこう」

「おっさんがぼくのいうことを素直に聞いてくれるなんてな」

「ほかならぬ三枝君の頼みじゃからのう!」

 その場にいた誰もが最年長の栗田を白眼視した。


 数日後、健二郎は荷が届いたとの連絡を受けた。倉庫に搬入されていたのは健二郎の希望した矛の試作品である。実戦用のものと訓練用のものがある。

 歴史の資料集などで見かける実在した矛と異なる点は、まず異常に長い事である。全長はおよそ3メートルもあり、穂部は60センチほどもある。そして、その穂部の身幅が異常に広い。幅の広い諸刃の剣を長い柄に取り付けているような一見、バランスの悪い武器である。当然ながら屋外での使用を想定したものである。

 このような武器は槍とも矛とも呼べない代物であるが、健二郎は田井中の発言もあり、便宜的に”大矛”と呼ぶことにした。

 早速試し斬りを行おうとした健二郎は、うっかり実戦用の大矛を手に取ってその重量に改めて唖然とした。通常モードでは持ち上げることもできないのである。訓練用の大矛を手に取って健二郎は訓練モードを起動した。

 健二郎の目にのみ映るCGゾンビは100体である。健二郎は大矛を構えた。無論、我流である。ゾンビ相手に武道だとか格闘技などというものは全く用を為さないので、健二郎もごく基本的なことを教授されただけで、対ゾンビ戦闘はバレンタイン1号のパワーと健二郎の経験まかせとなっている。

 健二郎は直近のゾンビの首を大矛で正面から突いてみた。切先がのどの肉を突き破り、頸椎を貫いた。身幅がゾンビの首の太さよりも広いので、穂の上にゾンビの首を乗せることができた。健二郎はそのまま大矛を真横に薙いだ。やはり大薙刀とは多少勝手が違うがバレンタイン1号の補正で十分に対応できるであろう。

 その日は丸1日を制作部の担当者と新しい武器についてのデータ収集に費やした。完成品は1週間もすれば納品できるということであった。

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