第19話 ある日の戦い
梅雨前線による長く続く雨は人々には煩わしいばかりであったが、それを歓迎するかのようにアジサイの花は満開である。しかしその丸々とした花の集合体を鑑賞する者は誰もいなかった。かつてはアジサイで有名であったこの市民公園もいまでは手入れもされず、雑草ばかりが丈を争っていた。
サイボーグである三枝健二郎は戦闘服に戦闘用ヘルメットを着用しているが、その全身はゾンビの返り血でどす黒く塗り籠められ、返り血の生産者である健二郎の大薙刀は、これも同様に切先から石突まで、元々の色が判別できないほどに返り血に塗れていた。
上空からの掩護射撃とキューブのスピーカーによる囮で、ゾンビの進撃速度は緩和されてはいるが、それでも健二郎は大薙刀を一瞬たりとも停止させられなかった。四肢が異常に発達した変種がここでも現れたのだ。四肢といってもその発達部位は様々で、右上腕のみが強化されたもの、左右の大腿のみが強化されたものなど発現原因は今なお不明であるが、その筋骨が生み出すパワーと破壊力は、サイボーグの健二郎といえど油断していいものではなかった。
今も通常のゾンビに加え、左右両腕が異常発達したゾンビが2体、健二郎を襲っている。剛腕から繰り出される屍肉の暴風を躱しざまに大薙刀の刃を変種の首に叩き込み、振り抜いて、その隣4体のゾンビの首までもろともにはね飛ばした一方で、健二郎はもう1体の変種から強力な一撃を食らうところであった。
「くそ! させるか!」
しかし、間に合わなかった。健二郎が振り抜いた刃を返す間に変種ゾンビの拳は健二郎の顔面を捉え、ヘルメットのバイザーを粉砕した。変種ゾンビにブサイク面を露にさせられるのはこれで二度目である。
「ぼへぁ!」
健二郎は地上に転がりながらもすぐさま上半身を起こし、大薙刀を片手で乱暴に大旋回させて、変種も含めた群がり寄るゾンビ13体を一振りで腰斬してみせた。しかし、無論そんな程度でゾンビは活動を停止しない。変種のゾンビは一際高く吠えると、強靭な両腕を地面に叩き付けて文字通り健二郎に飛び掛かった。両腕で跳躍したのである。下半身を置き去りにし、血と内臓を撒き散らしながらの攻撃を健二郎はバレンタイン1号の助けも借りて正確に手刀で打ち落とした。地面に叩きつけた変種ゾンビの頭部は、すぐさま大薙刀の石突で割り砕いた。
厄介なゾンビを倒し、窮地を脱した健二郎は後方へ跳んで態勢を立て直した。
「ふー、あぶない。あんなタイミングで殴られるとはね。さて」
健二郎は大薙刀の刃にこびりついたゾンビの体液と肉片を拭い取った。
「気を取り直して、もう一度突撃!」
健二郎とバレンタイン1号の繰り出す超合金製の暴風がゾンビの首をはね飛ばし、頭部を破砕した。暴風に巻き込まれた不幸な雑草は短く刈り取られたばかりか、霧状になったゾンビの血と腐汁を浴びて赤黒く染められてしまった。
30分後には暴風も収まり、辺りに響くのは複数のヘリのローター音のみとなった。
「健二郎からモリノクマサンへ。公園の制圧完了!」
「こちらモリノクマサン、確認した。お疲れさん」
モリノクマサンとは、健二郎をここまで先導してきたヘリにつけられたコードネームである。
「健二郎からチョコレート・ワンへ。任務完了したので回収よろしく!」
「こちらチョコレート・ワン、了解。降下する」
激戦をこなした安心感からか健二郎はしばし放心していた。チョコレート・ワンのローターが起こす風がそよ風から強風に変わるころ、健二郎は大変なことに気づいたのだが遅かった。
「ぶふふぇふぇぺぺぺぺ!」
刈り払った雑草の小片がヘリの起こす暴風によって、健二郎の口の中に大量に飛び込んだのだ。健二郎はバイザーが割れているのをすっかり忘れていたのだ。不幸な雑草たちのささやかな復讐なのかもしれなかった。
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