第17話 調布データセンターの戦い(その2)

 健二郎は挟撃されてしまった。背後から組み付かれたのである。かなりの膂力で健二郎は締め上げられた。

「おお!?」

 すぐさま2体のゾンビが健二郎の首筋に食らいついた。しかしネックガードに阻まれ、ゾンビの歯は健二郎の皮膚にすら到達しない。それでも健二郎は驚愕した。これまで四肢に噛み付かれることはあっても首筋に噛み付かれることなどなかったのだ。いくら密着戦とはいえここまでゾンビの攻撃を許すとは、やはり、バレンタイン1号は不調なのであろうか。それとも自分の油断であろうか。あるいはゾンビが異常なのであろうか。

「なんにせよ、考えてる場合じゃないな!」

 健二郎は首筋い食らいついたゾンビを引きはがし、突き飛ばした。肘を背後のゾンビに叩き込み、床に引き倒し、頭部を踏み砕いた。退路を確保すべく健二郎は背後のゾンビを先に排除することにした。拳でゾンビの頭部を粉砕し、ナイフで首をはね飛ばしたところで、健二郎は後頭部に強烈な打撃を受けた。

「ごへっ!」

 健二郎は自らが築いたゾンビの屍体の山に突っ込んだ。すぐさま起き上がろうとした健二郎は、しかしゾンビの屍体につまづいて再度転倒してしまう。醜態を晒している間に、健二郎はもう一発、強烈な打撃を顔面に受けた。ヘルメットのバイザーが割れ、ブサイクが露になってしまったばかりか、無様に床をはう有様である。

「くそ! ゾンビに殴られたのか? それにしても強烈だったぞ」

 健二郎は顔を上げてゾンビを見上げた。一見して体格の良いゾンビである。しかし、それより眼を引くのは、異様に大型化した右腕である。肩から手首までだけがボディビル選手の腕のように隆々と盛り上がっているのである。

「こんなの初めて見たぞ。しかし、こいつか回転扉とここの入り口を破壊したのは」

 健二郎の戸惑いなどおかまいなしに、ゾンビは健二郎を殴り飛ばすべく右腕を振り上げ、振り抜いた。健二郎が咄嗟に身を伏せてゾンビの攻撃を回避すると、ゾンビの巨大な右腕は、サーバーラックの金網を突き破り、収容されている機材に突き刺さった。頑丈な金網と機材を大破させる、恐るべき膂力である。

 しかし、ゾンビの攻撃もここまでであろう。サーバーラックから右腕を引き抜いた際に、拳が丸ごと引きちぎられたのだ。健二郎はそう思ったのであるが、ゾンビはなおも右腕を振り上げた。右腕の骨がむき出しになり鋭い凶器の様になっている。ゾンビは恐るべき速さで右腕を振り下ろした。しかし、健二郎、と言うよりは、バレンタイン1号はゾンビの攻撃軌道を予測して、攻撃を正確に受け止めた。いかなゾンビの変種といえど、バレンタイン1号のパワーに勝ることはなかった。健二郎は起き上がり様にナイフを振り上げて兵士のゾンビの右腕を切り落とし、返す刃で首を落とした。ゾンビは体液を噴き上げながら仰向けに倒れた。

「考えるのはあとだ。残りのゾンビを始末する」

 健二郎は油断なく残りのゾンビをすべて活動停止させた。


「今のゾンビは何ですかね?」

 健二郎の疑問に答えたのは岡野である。岡野はこれまで軍が遭遇したゾンビのデータを洗わせて、同じような事例がないか確認させたのである。するとごく最近になって四肢が異常発達したゾンビの目撃例が2例あったというのだ。

「その時はすぐに見失ったので脅威にはならなかったそうだが……もしかしたら、こんなおかしなゾンビがまだまだいるのかも知れんな」

「そんな」

「いや、想像だ。脅かしてすまない。しかし、バレンタイン1号ならまあ、対処に問題はなさそうだな。初めての事例で今日は少々手間取ったが」

「おかげで顔が歪みましたよ。ああ、これがぼくの本物の顔でなくてよかった」

「ふふ、そうだな。さて、対象を回収してしまおう。あとは軍の部隊に任せるといい」

「了解」

 健二郎は回収対象のサーバーの前にたどり着いた。力任せにラックをこじ開け、対象のサーバーを確認する。

「小松川さん。こちら健二郎。ここからここまでのサーバーでいいですね?」

「こちら小松川。うん、それであってるよ。そのサーバーごと回収してね」

「健二郎了解」

 健二郎は十枚ものサーバーをラックから強引に引き抜いて軽々と両脇に抱えた。サーバールームを立ち去ろうとしたところで"アップルトン"の歌が延々と繰り返されているのに気付いた健二郎は、3個のキューブも回収して、本日の任務完了としたのであった。

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