第14話 データは重要
いいのや市の国立生体工学研究所を取り巻く街路には、ツツジの花が咲き乱れていた。赤、紫、白、ピンク色、そして若草色がランダムにちりばめられたその様は、春が桜ばかりではないということを強く主張しているかのようである。
作戦室では小松川が健二郎たちに奪還目標の説明を始めるところであった。通常、官僚である小松川から作戦依頼など来るはずもないのであるが、内閣府や関係省庁からの”依頼”だと言う。健二郎は軍属ではないのでこうした依頼も建前上は引き受けられるのである。軍の部隊を健二郎に付随させるかどうかは岡野の判断によるが、岡野の中隊とて特務と銘打っている以上、そのあたりは柔軟、あるいは適当であった。
岡野曰く
「まあ、適当にやってよいと師団司令部からお墨付きはもらってますからね。非常時という大義名分もありますし」
ということである。
小松川が資料をスクリーンに表示させながら説明を始めた。
「今回、三枝君にはデータを持ち帰ってきてもらいたいんだ。具体的にはサーバーだね。最悪、そのサーバーの中のハードディスクだけでも持ち帰ってほしい。対象は東京の調布市にある」
岡野はスクリーンの地図を見ながら唸った。
「調布となると封鎖線の大分内側だな。まあ、ヘリから降下するなら問題は無かろうが」
東京都心部を取り巻くベッドタウンの1つとして栄えた調布も、他の街と同じく、いまやゾンビの街である。地上からでは対象に近づくこともできまい。
「それで小松川よ。調布といっても広いぞ。調布のどこにそのサーバーはあるんだ?」
「東区のデータセンターに設置されているそうだ」
「でーたせんたーってなんですか?」
健二郎にとっては、初めて耳にする施設の名称だった。小松川がタブレットを操作しながら答える。
「データセンターというのは、サーバーやネットワーク機器を大量に稼働させるための専用施設でね。災害や不慮の事故が起こっても中のサーバーが稼働し続けられるように、例えば、電源を2カ所の変電所から引いていたりするんだ。まあこれを見てごらん」
小松川はスクリーンに映像を流した。蛍光灯の白い光の中、高さ3メートル近くもありそうな黒い箱がずらりと並んでいる。よくよく見ると、その箱はパンチングで細かな穴が無数にあいており、内部の様子が伺える。箱の中では色とりどりのケーブルがのたうち回り、緑や青、赤、これまた色とりどりのランプが夏の夜空のように瞬いている。
「この施設は大阪の施設だけど、対象の建物も似たようなものだよ。この部屋はサーバールーム。データセンターの中核となる部屋だ。この黒い大きな箱がサーバーラックで、中に、厚さが5センチぐらいの薄い箱が何枚も収められているだろう。これがサーバーだね。三枝君に持ち帰ってもらいたいのはこういう機材だ」
健二郎はゾンビ掃討の際に障害なりそうなことをいくつか映像から読み取った。
「狭いですね。それにうるさいから音も聞こえなさそうだ」
「狭いのは仕方ないね。うるさいのはサーバーの冷却ファンと空調がうるさいんだ」
恵美の艶やかな声が小松川に向けられた。
「そのデータセンターは今でも稼働しているのですか?」
「いやあ、さすがに完全停止しているようですね。電源の供給は発電所レベルで停止しているし、自家発電装置も数日分の燃料しか備蓄しないそうです。空調もサーバーも全部停まってるだろうから集音センサーは使えますよ」
「明かりもないだろう」
岡野の指摘に小松川が応じる。
「そう、明かりもない。おまけに内部がどういう状況か皆目分からない。ゾンビがいるかどうかもわからないけど、ゾンビがいたら超接近戦になる。だから三枝君に行ってほしいのさ」
恵美は研究者らしい視点での疑問を感じていた。
「小松川さん、その施設が停止したのは4年前ですよね。いまさらそんな古いデータが必要なのですか?」
「うーん、そのデータがなんのデータかは機密なんだけど、まあいいか。その問題のハードディスクには都心部の監視カメラの映像が保存してあるはずなんだ。と言っても、無論全てじゃない。ごく一部のだけどね。解析してゾンビパニック発生当時の状況が少しでもわかればいいんだけどね」
「なるほど、それなら当時のデータでなければならないというわけですね」
また腑に落ちなくなったのは健二郎である。
「あの、都心部の監視カメラの映像が、どうして調布にあるんですか?」
「データセンターという建物は、災害対策として地盤の強い地域に建てられるんだ。主に地震対策だね。だから地盤の弱い都心部には建てないんだよ」
「はー、なるほど」
ブサイクな顔でふむふむと頷く健二郎は、見ようによってはよりブサイクであった。
小松川は素早く岡野と恵美を見渡した。
「というわけで、三枝君、頼んだよ! これは君にしかできないことなんだ!」
「俺からも頼むよ三枝君! もちろん部隊を援護につけよう!」
「頼りにしてるわよ! 健二郎君!」
「ふふふ、わかりました。このぼくにおまかせください!」
健二郎はいつまでたってもおだてに弱いようである。それが健二郎の憎まれない所以ではあるのだが。
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