第9話 西戸塚貨物駅の戦い(その1)

 着地した健二郎はそのまま視界に表示されるナビに沿って走り出した。このナビもなかなかいい加減なものである。バレンタイン1号の性能に最適化されているので、曲がり角を曲がるなどということがない。ほぼ一直線に駅を目指す。途上、出会うゾンビは行き掛けの駄賃とばかりに斬って捨てた。

 2分後には健二郎は西戸塚貨物駅の敷地に侵入していた。

 映像で見ていたとはいえ、間近で見るとその異様さは作り物のコンピュータグラフィックスのようである。体中に血と腐汁をこびりつかせたまま、あてどもなく彷徨うだけの亡者が広い敷地でひしめき合って波打つ様は、娯楽施設のプールを思わせた。

「芋洗いだな。腐ってるけど」

 健二郎は思い起こさざるを得なかった。友人に誘われて真夏のプールへ出かけたあの日を。健二郎のあまりの美貌が原因で混乱が起こり、施設から申し訳なさそうに出入り禁止を言い渡されたのである。以来、健二郎はプールや海水浴に誘われなくなった。

「今の顔なら別の混乱が起こるだろうけどな!」

 健二郎は物思いにふけるのをやめて仕事に取り掛かることにした。

「タカノブ1へ。こちら健二郎。配置につきました」

「こちらタカノブ1、了解。好きな時に始めちゃって」

「いいんすか」

「いいよ。君が作戦の要だしね」

「軽いなあ。まあいいや。行くぞ、突撃ィ!」


 健二郎はゾンビの大群へ突っ込んでいった。大薙刀の一振りでゾンビの一群が首を飛ばされ、赤黒い体液が噴き出す。血煙と土煙と断末魔が鋼鉄の暴風によってホームに巻き上がると、異常を察したゾンビの大群が健二郎に向かってのそのそと不気味に移動を開始した。

 雄叫びとも絶叫とも言えぬ声を上げゾンビが健二郎に襲い掛かる。健二郎は貨車を背後にゾンビの群れを迎え撃った。大薙刀の一撃で血と腐肉と骨が飛散し、20メートル離れたコンテナに数体のゾンビの残骸が叩きつけられ、へばりついた。

「成仏してくれよ!」

 心中でそう祈りながらも健二郎は大薙刀を一瞬も停止させなかった。一瞬でも停止させたが最後、数の暴力に健二郎は押し潰されるであろう。彼がゾンビ化することはないのだが、そうと分かっていても、噛みつかれ、食われるということは本能的な恐れを感じさせた。

 健二郎のセンサーがアラートを発した。コンテナ車の下からゾンビが10体ほども這い寄ってきたのである。健二郎は踵を軸に体を回転させた勢いで大薙刀を振りぬき、足元に迫ったゾンビを薙ぎ払った。

 貨車を背後にしたのは失策だったと健二郎が気づいたのは、討ち漏らしたゾンビに下半身にしがみつかれてからである。驚きは一瞬であったが、前方から押し寄せるゾンビの大群は無論、待ってはくれなかった。健二郎は大薙刀を水平に突き出してゾンビの密着を阻んだ。健二郎はコンテナに押し付けられる直前に、ゾンビ3体を下半身にしがみつかせたまま上空へと避退した。滞空中に体を回転させてゾンビどもを振り払いコンテナ上に着地する。

「あぶないところだった。もう小細工はなしだ。正面突破あるのみ!」

 健二郎は大きく跳んでゾンビたちのわずかな空隙に着地した。間をおかず、首の高さで大薙刀を大旋回させて半径3メートルのゾンビをまとめて打ち倒す。ゾンビの首が無数に飛ぶ様はグロテスクともシュールともつかぬ光景である。


 大薙刀の一振りで数体のゾンビが地上に倒れる一方で、健二郎は前進した。そんなことを数百回も繰り返した頃にはホームからはあらかたのゾンビを排除できていた。周囲のコンテナは血と腐汁で分厚く塗装され、ホームは屍肉と骨で舗装された。

 健二郎は曲がってしまった大薙刀を捨てて、腰の刀を抜いた。無論、普通の刀ではない。超合金製で、厚みも身幅も普通の刀の倍はある。重さは20キログラムほどもあり、刀と言うよりは鉈のようである。

 留置線に放置された列車の間に健二郎は飛び込んでいった。狭い通路状の空間で健二郎は右手で力任せにゾンビの首をはね、左手でゾンビの頭を貨車に叩き付けて粉砕した。ホームと同様に斬撃と前進を数百回も繰り返してようやく線路上からもゾンビは排除された。力任せに振り回した刀の刃はこぼれ。刀身は歪んでいた。


「こちら健二郎。あらかた掃討したつもりだ。上空から確認してくれ」

「こちらタカノブ1。確認した。後は管理棟内部の掃討を頼む」

「健二郎、了解。タカノブ2へ。武器を下さい。刀と短剣を一振りずつ」

「タカノブ2了解。武器を投下する」

 使用に耐えなくなった刀を捨て、健二郎は投下された武器を回収に向かった。屋内での戦闘になるので、取り回しのしやすい刀と短剣である。刀は先刻まで振るっていたものと同じである。短剣もまた超合金製で、重さは約15キログラムもある。両刃で刃を返す必要がないので、屋内で群がるゾンビの首を刎ねるのには適していた。新しい武器を腰にマウントして健二郎は管理棟へ走った。

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