第8話 出動!

 何事もなく3日が経つと、研究所の花壇には、誰が植えたのかチューリップが花開いていた。淡い花、あるいは鮮やかな花。見ているだけで暖かさまで感じられそうである。

 ヘリポートからは3機の大型ヘリが飛び立っていった。多用途ヘリが2機と輸送用ヘリが1機である。多用途ヘリにはタカノブ1、タカノブ2のコードネームが付けられている。これは戦国時代、肥前の熊と勇名を馳せた龍造寺隆信(りゅうぞうじ たかのぶ)からつけられたものである。無論、岡野の趣味である。この2機は指揮機とその予備機として機能する。

 輸送ヘリは健二郎、すなわちバレンタイン1号をサポートをするための機材を積み込み、改造された専用機である。健二郎は当然のことながら、恵美と5名のメンテナンススタッフが同乗している。コードネームをチョコレート・ワンという。

「専用機と言えばエアフォース・ワン。バレンタインと言えばチョコレートだからのお。いい名前だろう? ほっほっほ」

 という、栗田の単純極まる命名である。

 そのチョコレート・ワンの機内では恵美が健二郎の最終チェックを行うところであった。最終チェックは戦闘モードで行われる手順である。恵美は作戦室と交信してモード変更の許可を要請した。

「こちら山内。バレンタイン1号の戦闘モードへの移行許可願います」

 応答したのは岡野と小松川である。

「こちら岡野。許可します」

「こちら小松川。許可します」

 岡野と小松川はモード変更の権限を政府から委任されているのである。今回は岡野、小松川両名が承認したが、どちらか1名でも変更は許可されることになっている。もし、両名と連絡が取れない場合などは、開発者である栗田が強制的にモード変更させる権限を有している。当初はかなり複雑な手続きを要したのだが、小松川の働きかけで大幅に手順が緩和されたのだ。

「こちら山内。ありがとうございます。健二郎君、許可が下りたわ。モード変更して」

「了解。モード変更! 戦闘モード!」

 健二郎の視界に様々なデータが表示され、腹部の動力炉が出力を増していく。パワーが全身に伝わるのが健二郎にはわかった。

「変更完了しましたよ」

 恵美はケーブルを健二郎の身体各所に接続して、最後に腹部に何やら聴診器のような機械を取付た。恵美と研究所のスタッフは忙しくディスプレイを覗きつつコンソールを操作している。スタッフ全員から報告を受けて恵美が振り向いた。

「どこにも異常なしよ。健二郎君、気分はどう?」

「ブサイクなのが不快ですが快調ですよ。行けます」

「そう。まあ、心配はしてないけど、油断しないようにね」

「心配してくださいよ。ぼくはこれから死地へ赴くんですよ」

「私が言うのもなんだけど、心配したくなる顔じゃないからね」

「ですよね。早くもとの体に戻りたい……」

 

 先導機のタカノブ1から通信が入った。

「間もなく降下地点に到着!」

 健二郎は戦闘用ヘルメットを装着した。頭部の保護は当然ながら、無線交信用電波の増幅器や各種カメラを搭載し、有毒ガスの発生などにも対応できる防具である。さらに、前回左腕を噛まれて損傷した経緯から、左右の腕にガントレットという腕と手首を保護する防具を装着した。

 武器は前回と同じく超合金製の大薙刀を手に取った。重さ約35キログラム、柄と刀身を合わせた全長は3メートルに及ぶ。これをバレンタイン1号のパワーで振れば、広範囲のゾンビを一薙ぎで無力化できるであろう。加えて、列車の間等の狭隘地戦闘に備えて、同じく超合金製の刀を腰にマウントした。

 3機のヘリは西戸塚貨物駅に南から接近し、敷地の500メートル手前で空中静止した。ヘリの騒音でゾンビが集合するのを避けるためである。

 チョコレート・ワンの側面ハッチが開きロープが下ろされた。

「しっかりな! 健二郎!」

「がんばってください! 健二郎さん!」

「戦果を期待してるぞ!」

「まかせてくれ! はっはっはっ」

 スタッフと兵士の激励を受けて健二郎はハッチの縁に立って下を見た。高さは43メートルと健二郎の眼は計測している。

「さあ行くぞ! アローハー!」

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