第3話 国立生体工学研究所

 ヘリは静岡県の研究都市・いいのや市に建つ国立生体工学研究所に併設されたヘリポートに着陸した。この研究所はゾンビパニックが発生する以前から運営されている生体工学の研究所である。生体工学といっても、その網羅する範囲は非常に広いのであるが、この研究所では特に人体の機能を機械的に維持、再現することを主な研究目的としていた。

 健二郎と恵美は研究所内のメンテナンス室に向かった。室内ではスタッフ数名が準備を終えて恵美と健二郎を待っていた。

「お帰りなさい。健二郎さん」

「やったな。健二郎」

「まじおつだぜ。健二郎」

 健二郎はスタッフの迎えに鷹揚に応えた。

「うむうむ、それほどでもないぞ。ふっふっふっ」

 健二郎が無断でサイボーグにされてからすぐに、健二郎は恵美と彼らによる調整とテストの日々に明け暮れた。それが半年ほども続いて、ようやくの初出撃が半年前なので、彼らとはもう1年の付き合いになる。気心は知れていた。

「じゃあ、いつものようにそこに横になって。メンテナンスを始めるから」

「了解」

 恵美に言われるままにカプセルに身を横たえた健二郎は1分もしないうちに深い眠りに落ちた。

「さ、始めましょう」

 恵美の凛とした一声でスタッフは機材に飛びついた。


 健二郎が目を覚ましたとき、時計の長針は一回りしただけであった。恵美は健二郎の覚醒に気付いた。

「目が覚めた? 気分はどう?」

「問題なしです」

「そう。いつものメンテナンスに加えて、左腕の損傷した筋肉と皮膚を交換しておいたから」

「は〜い」

 健二郎はそう応答して自分の顔を撫でてみる。相変わらずブッサイクで大きな顔である。健二郎はことあるごとにこの顔の交換を要求したのだが、その都度却下された。恵美曰く、「顔、と言うか頭は目もあれば耳もある。何より脳がある。非常にデリケートでおいそれと交換はできないわ。それに部品の小型化も難航しててね。結果、そんな大きくて…まあ、個性的な顔にならざるを得なかったのよ」と、いうことである。聞けば、全身が筋骨隆々になっているのも、頭部と同様に小型化が難航したためらしい。健二郎は悄然と慍然のブレンドを味わわされた。


「ところで健二郎君、この後、研究室に行くんでしょう?」

「もちろんです」

「私も用事があるから一緒に行きましょう」

 健二郎と恵美は、健二郎の肉体が保存されている部屋へと向かった。地下にある最重要施設の一角である。健二郎の肉体はその部屋の片隅に鎮座する円筒形のカプセルに納められていた。健二郎の肉体は数本のチューブに繋がれていて仮死状態であるが、生気すら見て取れるほど良い状態である。健二郎は彼の肉体を見るなり呟いた。

「きれいだよ、ぼく」

 およそブサイクが口にしていい台詞ではない。しかし、これが三枝健二郎なのである。


「相変わらずキモイ男だの」

 機材の陰から顔を出したのは、ひとの良さそうなのんびりとした初老の男である。

「あんたか。2週間の出張お疲れさまでしたな」

 発言内容も声の調子も穏やかだが、健二郎の手刀が男の喉元に突きつけられている。

「うむ、いま帰ってきたところでの」

 初老の男は顔色も変えずにのほほんとしたままである。

 男の名は栗田清くりた きよしといい、年齢は63歳である。生体工学の世界的権威で、この研究所の所長だというが、健二郎に言わせれば、”のほほんとしたマッドサイエンティスト”である。誰あろう、健二郎に無断で脳移植手術を施した張本人である。

「お帰りなさい。所長」

「おお、恵美君か。今日も奇麗だのう。ほっほっほっ」

「ぼくの体におかしな改造を施していないだろうな。栗田のおっさん?」

「無論だとも。この肉体こそがお前さんの戦う理由だからの。それをどうにかしたりせんよ」

「他人の脳を勝手に移植するような男だからな。その都度釘を刺させてもらうぞ。恵美さん、あなたも片棒担いだの忘れないでくださいよ」

「その辺りの事情は、私は知らなかったって言ってるじゃないの。でも、ほんとにあの移植手術が当人に説明もなしに行われていたなんてね。動物実験もしていなかったのによく成功したものだわ。生きててよかったわね。健二郎君」

「恵美さん、今あなた、あの手術がぶっつけ本番だったって言いましたか?」

「そんなこと言ったかしら?」

「まったくこの人たちは……」

 そういえばあの日、健二郎はこの部屋で目覚めたのだ。そのとき彼を見つめていたのは、人の良さそうなのほほんとした初老の男と女帝の風格を漂わせた女のふたりだった。

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