クジラは空を飛ばない

かわうそ

第1話

「愛ちゃん、知っとる?クジラって昔は山におってな、ドォンドォンってあの大っきいカラダで暴れとったんやと。」


太一の大きな背中にランドセルがちょこんと乗っかっている。それを見ながら、太一が山でドォンドォンと弾む姿を想像する。


「そな、なんで今は海におるん?」


クルッと振り向いて大きな口でと歯を見せた彼から私はやはりクジラを連想した。


「あんまりに悪さするもんやから、海でヒィヒィ言うとったイノシシを山へ、逆に好き勝手なクジラを海へやったんやと。」


丁度先月の半ば、まだ雨がシトシトと続いてる梅雨に村の港にクジラが一頭打ち上げられた。太一はそれきりひっきりなしにクジラに夢中で、いろんな話を持ち帰っては帰り道に自慢げに話すようになった。



「やからな、わしはこのあいだのあのクジラ山に帰ろうとしとったんやと思うねん。」


同級生たちの間でも頭一個分は突き抜けて体の大きい太一は、温厚で、明朗な自慢の幼馴染だ。体が大きい分、力も強いが決して喧嘩をしたことはない。太一は自分に降りかかる面倒ごとを全て笑い飛ばせるような強さを持っていて、クジラみたいだといつも思っていた。


「やとしたら、可哀想やなぁ。故郷が恋しいのに、帰れへんなんて。」


太一はフッと目線を落として何かを考えてから、またと笑い、前に向き直す。


「愛ちゃんは優しいな。」


ランドセルの脇についたサッカーボールのキーホルダーがユラユラと揺れている。太一の顔は見えない。何を考えているかなんて分からなかったけど、大きいはずの背中が急に小さく見えてわたしはなぜか不安になった。



「クジラも空飛べたらええのになぁ。」


何の気なしに口からこぼれたその言葉を太一がか細い声で繰り返す。



「空、飛べたらええのになぁ。」


細いあぜ道から落ちないように足元を見ながら、暮れはじめた夕焼けが映す影を踏み続ける。


「空、飛べたらええのになぁ。」

2人の声が重なって、私たちは大きな声で笑いあった。

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