一万回目の告白を

甘夢果実

一万回目の告白を

「山本さん! 好きだっ! 大好きだっ!!」

「……そ」


 滅多に人が来ない屋上。そこに響き渡る僕の声に対して、彼女……山本麗奈は素っ気なく返す。


「……で?」

「付き合ってください!」


 「で?」その一言を引き出すのに、どれだけ苦労したことだろうか。山本麗奈はモテる。非常にモテる。意味がわからないくらいにはモテる。

 僕も山本麗奈に惚れ込んだ男の1人だが、彼女はどれだけ多くの男をドン底に突き落としたのだろうと、ずっと疑問に思っていた。


 そんな彼女は、残念ながら大抵の告白は無視して教室に戻ってしまう。いや、告白場所であるこの屋上に来てくれることすら奇跡だった。少なくとも、屋上に来てもらうために1000回は告白した気がする。

 え? ストーカー? ハハ、ソンナコトナイヨー。


 さて、今回の告白はどうだろうか。またダメなのか、それとも上手くいくのか。


「……フン。ここが夜の観覧車だったら思わずOKしてたところだわ」


 な、なんてこった……。彼女は屋上が好きなんじゃなくて、高いところが好きだったのか──!!

 10000回目にして、ようやく判明する新事実。どんだけこの子自分のこと隠すの上手なの!?


 とはいえ、夜の観覧車か。次はそこで決まりだ。……夜の観覧車に来てくれるのかな。

 僕はそう思いながら、懐から懐中時計を取り出す。


「……なに、それ?」

「告白をさせてくれて、ありがとう」


 僕は精一杯の誠意を込めてそう言って、懐中時計についているボタンを押した。

 彼女を始め、校舎が、木々が、世界そのものが光の粒となって消え去っていく。僕は彼女の残滓を掴もうとして、手のひらになくなったソレをただ呆然とみているのだった。


◇◆◇◆◇


「春樹! 起きなさい!」


 何万回と聞いた母さんの言葉が僕の耳に届き、僕は飛び起きる。

 よし、じゃあ、行動開始だ。今できる全力全身全霊を持ってして、彼女を──山本麗奈を、射落とそうではないか。


 僕は小学生の頃、不思議な時計を見つけた。その時計のボタンを押すと、なんと時間が巻き戻るのだ。まあ、いつの時間に巻き戻るのかは決まっている。

 僕はこの巻き戻る先の時間を『ループポイント』と呼んでいる。


 そのループポイントは、高校一年の4月5日。長かった春休みが終わり、始業式のある日だ。

 そして、告白する日で最もベストな日は7月20日。この三ヶ月と十五日で、彼女の好感度を最大まで引き上げる。その上で、夜中の観覧車で告白をする。


 そのためにもまずは最初の挨拶から、彼女への声かけを失敗してはならない。

 僕はいつもの決まった時間に学校の玄関を訪れ、いつも決まった時間にそこにいる彼女に挨拶した。


「おはよう、山本さん」

「……」


 僕が声をかけるも、彼女は無視……いや、なんだか恨みがましい目で見られたような気がしたけど、気にしたら負けだ。

 なにがあっても諦めず、彼女の好感度を高めていく。長い、とても長い戦いの始まりだ。


◇◆◇◆◇


 遂に、遂にここまできた。

 ここまでくるのにどれだけ、どれだけかかったことだろう。具体的には三ヶ月と15日だけど。

 けど、一番最初にボタンを押した時から1万回目。自分でもここまで彼女に執着していることに呆れるほどだ。


 けど、それでも。僕は、彼女に惚れ込んだんだ。


「……山本さん」

「……なに?」


 心なしか、彼女も楽しそうだ。その顔を見るためだけに、1万回もやり直したんだ。


「好きだ。大好きだ」

「知ってるわよ」

「え?」


 言った。言ってしまった。

 それに対して、山本さんは窓の外を見ながらポツリと呟いた。それがよく聞こえなくて、僕が聞き返すと山本さんは僕の方に向き直った。


「私こそ好きよ! 大好きよ!! だから──!!」


 山本さんはそう言って、僕の手をギュッと握った。

 ドキリと昂ぶる僕の心臓。


「──これ以上、女に言わせるの?」


 呆気にとられた僕に、山本さんはそう言った。その瞳は、なぜか知らないけど濡れていた。あぁ、いけない。このままでは彼女の嫌いな「不甲斐ない男」になってしまう。


「いいや、言わせないよ。──僕の方が、君を大好きだ!! 付き合ってください!」

「もう、バカ。遅いわ、遅すぎよ。1万回前に、言いなさいよソレを」


 そう言って、山本さんは笑った。……今、なんつった?


「あんたねぇ……1万回の記憶は、私だって持ってるわ。他の人は知らないけどね」


 えーっと、つまり……?


「もう! 最初っからアンタのこと、大大大好きだったってことよ!!」


 そう言って、山本さんは僕に抱きついてきた。

 こうして、僕は1万回の告白を得て──君と付き合うことができたのだった。


◇◆◇◆◇


「──ていう夢を見たんだ」

「ハァ? あんた、バカじゃないの?」


 そう言いながらも、彼女──山本麗奈は、僕に笑いかけたのだった。


「ソレ、夢じゃないわよ」


 その言葉は僕の耳に届かなかったし、おそらくその事実が僕に突きつけられるなんてことも、ないだろう。

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