おんせんのあとには

中村未来

おんせんのあとには

「かばんちゃん、おんせん気持ちよかったね」

「そうだね、サーバルちゃん」


 温泉から上がったかばん、サーバル、ギンギツネ、キタキツネの四人は建物の中を歩いていた。すると、何かを見つけたサーバルが急に駆け出す。


「なんだろう、これー?」


 行く先にあった一つの部屋に駆け込んだサーバルが不思議そうに声を上げ、そこへ残りの三人もすぐに追いつく。サーバルの視線の先には持ち手付きの木の板が二枚と小さな球が入ったカゴ、それが置いてあるのは真ん中に網が張られたテーブルであった。


「それね。私たちも気になったんだけど」

「よく分からないのー」


 ギンギツネとキタキツネも何なのかは分かってないらしい。サーバルはカゴから球を取り出してみる、そして、


「にゃー!」


 投げた。投げられた球は放物線を描き、床にぶつかったと思うと大きく跳ねる。サーバルは慌てたように球を拾うと、もう一度投げる、跳ねる。


「すごーい! たのしー!」


 そんなサーバルを横目に、かばんは木の板を取り出してみる。板には赤く弾力あるものが貼り付けられており、そこを指先で押してみると指を押し返す感覚が伝わった。手元の板と網の張ったテーブル、そしてサーバルの遊ぶ小さな球をそれぞれ見る。


「これって……」

『温泉と言ったら、やっぱりこれよねー』

「うわぁ!?」


 かばんがポツリとつぶやくのを待っていたかのように、ラッキービーストの方から聞き慣れた音声が流れてきた。


「びっくりしたー」

『「いくわよー、それっ! カッ、カッ、カッ……また私の勝ちね」「もー、ミライさん強すぎだよー」「ふふん、卓球じゃそう簡単に負けないわよ」』


 そこで音声は途切れていた。途切れたことを確認すると、かばんはサーバルに声をかける。


「サーバルちゃん、ちょっとこっちに来てもらってもいい」

「なになに、かばんちゃん」

「その小さな球とこの板を持って、そっち側、このテーブルの網の反対側に行ってもらえるかな」

「いいよー!」


 サーバルに一つ一つ指示していくかばん。自分の想像が正しければ、というように。


「その板で球が網を越えてテーブルに落ちるように打ってみて。それをボクが打ち返すから、同じように打ち返してみて」

「えっと、こ、こうかなー?」


 恐る恐るといった様子でサーバルが球を打つ。その球を今度はかばんが打つ。再びサーバルが打つ。さらに数回打ち合ったところでサーバルが網に球を引っ掛けてしまう。


「なんだか面白いね!」

「これって今みたいに球の打ち合いをして遊ぶためのものじゃないかなって。さっきの音声の中にも球がぶつかる音が聞こえたし、多分ミライさんが最後に言ってた、たっきゅー、じゃないかな」

「たっきゅー! かばんちゃん、すごーい! もう一回やろー」

「うんっ」


 再びの打ち合い。今度は、かばんの打った球がテーブルを飛び越え床に跳ねる。


「サーバルちゃん、はじめてなのに上手だね」

「かばんちゃんこそ! なんでだろー、自然とからだが動くよ!」


 そんな二人の様子をギンギツネとキタキツネは脇で見守っている。


「ヒトというものはすごいことを考え付くんですね」

「すごいのー」


 二人はその後も打ち合いを続ける。二人が動くたびにカッ、カッと小気味良い音が部屋に響いた。


「二人とも見てないで、一緒にやろーよ」

「そうですね。交代しましょう」


 かばんとサーバルは手元にあった板をそれぞれギンギツネとキタキツネに渡す。受け取った二人もかばんとサーバルの真似をするようにして打ち合いを始める。


「おんせんの後にギンギツネと一緒に遊ぶの、はじめてかも」

「それはいつもあなたが一人でゲームばかりしてたからでしょ」


 ギンギツネとキタキツネの二人に笑顔が浮かぶ。かばんも二人の様子を微笑ましく眺めていた。


「せっかくだから、四人でやりたいなー」

「でも、板がもうないよ、サーバルちゃん」

「大丈夫よ、かばん。同じものがもう一組あるわ」


 ギンギツネは部屋の端に行くと棚の中から同じかごをもう一つ取り出す。


「やったね、これでみんなでできるよっ!」


 嬉しそうな様子のサーバル。四人は板を手にすると、二人対二人になるようにテーブルの両端に分かれる。


「ボクとギンギツネさん、それからサーバルちゃんとキタキツネさん、この組み合わせでいいかな」

「うんっ! 頑張ろうね、キタキツネ」

「かばん、よろしくね」


 最初の一球をかばんが打ち出すと、サーバルが応じる。打ち返された球は今度はギンギツネが、それを今度はキタキツネが。テーブルの上を球が交互に行き来する。始めのうちこそとりあえず打ち合っているという程度にゆったりしていたが、次第に慣れてくると鋭い打球も出始める。


 ――カッ

「うにゃ!」

「や、やるわね。サーバル」


 ――カッ

「うわぁ! キタキツネさんすごいですね」

「げーむで鍛えてるから」


 それぞれが慣れてきたところで、かばんからひとつの提案を口にする。


「ただ打ち合うより、せっかくだから勝負しませんか。ルールは、そうですね……先に十回失敗した組が負け、でどうでしょう」

「よーし、負けないよー!」


 ギンギツネとキタキツネもこくりと頷くと、サーバルの初球から勝負は始まった。正確に隅を狙ってきたキタキツネの強打を先回りして返すかばん、かばんの落ち着いた一打を相手をかく乱する動きから返すサーバル、動きを見極めて冷静に返すギンギツネ。一進一退の攻防は続き、気が付けばお互いに九点ずつとなっていた。ギンギツネに声をかけるかばん、そして最後の一点をかけての打ち合いが始まった。


「あっ!?」

「かばんちゃん、もらったー!」


 甘い打球となったかばんの一打を、チャンスとばかりにサーバルが決めにかかる。ギリギリのところでギンギツネが拾うものの、当てるのが精いっぱい。ふわりと上がった打球を打ち返そうとキタキツネが構える。


「キタキツネ、それ打ち返したらゲーム禁止ね」

「えっ!? や、やだよー」


 ギンギツネの不意打ちの口撃に、キタキツネの反応が一瞬遅れた。何とか打ち返した球はかばんたちの方に向かって……網へと引っ掛かる。そのままテーブルに落ちると、カカッと音を響かせた。


「ぼ、ボクたちの勝ちかな」

「ギンギツネ、ずるいよー」


 最後の反則的な一言に不満そうに頬を膨らませるキタキツネ。


「こんなに効果あるとは思わなかったわ」

「えーっ」


 キタキツネの様子に三人揃って笑みがこぼれる。それにつられるようにキタキツネも笑った。


「たっきゅーって楽しいね、かばんちゃん」

「サーバルちゃん元気すぎるよー、ボク疲れちゃった。汗もかいたし、もう一度おんせん行こうか」

「わーい、さんせー!」


 四人は部屋を元に戻すと、再び温泉に向かって歩き始めた。


「おんせんのあとで、またたっきゅーやろうね!」

「サーバルちゃん、それじゃいつまでたっても終わらないよ」

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おんせんのあとには 中村未来 @chicken_new39

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