市東 桂壱

第106話 市東 桂壱 1


***






僕には一つ下の弟が居た。

小さくて可愛い星弐せいじ


抱きしめるとお日様の匂いがした。

柔らかい細い髪の生える小さな頭を、よく撫でてあげたものだ。


-僕は星弐が大好き


それは一番最初に僕の中に芽生え、大きく育った感情だったと思う。

「お兄ちゃん」と呼ばれて微笑みかけられるようになると、どんなものからでもこの子を守ろうと思った。

星弐は僕の全てだった。


『人間がした最初の人殺しは、お兄ちゃんが弟を殺すって言うのだったらしいよ』


その話を初めて聞いたのは確か幼稚園の頃だったか。

ませていたのか早すぎる中二病か、一時期友達やその兄弟の間で話題になった。


僕と星弐が通っていた幼稚園はキリスト教カトリック系の幼稚園で、いつも祈りの時間に灯すロウソクの匂いが辺りに漂う、古いけれど美しい洋風な建物だった。


『お兄ちゃんのカインが、自分だけ神様に褒められた弟のアベルにしっとしたんだって-』


当時の僕にはこの話の全てなんてとても理解できなかっただろう。

それでも、中学生になった今でも覚えているのは、カインとアベルが僕たち兄弟に重なって見えたからだ。


カインはお兄さん。つまり、僕。

アベルは弟。だから、星弐。


可愛い弟をそんな単純なことで殺すなんて、カインが信じられなかった。

とんでもない悪人だと思った。

だからそんな最低最悪の悪者を僕は忘れられなかった。


脳みそに焼きついた。


けれど、今。

僕はカインの気持ちが痛いくらいに理解できるようになってしまった。


僕は、殺したいくらい星弐が憎い。


病気の様に後から膨れ上がったこの冷たくて汚い感情は、僕を満たしていた星弐への愛を押し潰した。

今では心の、優に半分を占めている。


別に多重人格者だとか、そんな物騒なものではない。

何かあるたびに、僕の心の中の天秤がどちらかに傾くだけの話だった。

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