第105話 顔 7

清水 星弐しみずせいじも居るのか?


萌は、はっとして振り返った。

視線を白と黒とがバラバラと入り混じる参列席に巡らせる。


せわしく左右を見渡して、何回かそれを繰り返した。

けれど結局、桂壱けいいちの弟、星弐の姿は見つけられない。


自分の兄貴の葬式に出ないなんて、おかしくはないだろうか……。

「どこか妙だ」と、萌が思ったときだった。急に鼻の奥がツンと痛み出した。

何かが、次々に頬を伝って落ちる。


「っ!…うっ」


息が苦しい。


萌は自分に何が起きたのか咄嗟に理解でき無かった。


顔を触り頬が濡れていることがわかって、ようやくそれが涙だとわかる。

感情の流れが余りにも不自然だった。


ぱたぱたと垂れた雫が大理石に小さな点を打っていく。

その音に引かれ、床に映る自分の顔を見て萌は驚いた。

見下ろした大理石に映る顔は市東桂壱しとうけいいちのものだった。


長い前髪。

かき上げて見えるのは、細い切れ長の一重の目。


目眩がした。

瞬きをする度、今居る場所とは違う景色が次々と頭に浮かんだ。


-両親、先生、学校、屋上。


止まらない嗚咽おえつは、最早、萌の声では無い。

あの声だった。

病院の、真っ黒な監視カメラの映像の向こう側から聞こえてきた、あの少年の声だった。


「お前か……兄さんの中に居るのは」


萌は今この瞬間に、自分が桂壱の中ににじんで溶けて行く様な気がした。

夢の中で、彼の中へ、深く深く沈んで行く。


意識を手放す間際、この夢は今までになく長くなりそうな予感がしていた。

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