第104話 顔 6



***






白百合、ひまわり、かすみ草。

祭壇を華やかに囲む花々。

真ん中に十字架が立っている。

穏やかに燃える沢山の蝋燭。

その匂いを自分の鼻で感じたとき、萌は眉を寄せた。


「キリスト教の……葬式?」


極めて小さく、つぶやく。

何故かと言えば、大勢の参列者に配慮したからだ。

例え自分が周囲に見えていないとしても良識は勝手に働くらしい。


祭壇を正面として長椅子が縦に二列、並んでいた。

ドラマやCMで見る結婚式のチャペルが、そう言えばこんな具合だった。

式場の明るさは天と地ほどの差があったけれど、配置だけ言い表すならぴったりだ。


萌は先ほどからずっと、それで言うところのバージンロードの中ほどに立っていた。

それなのに誰も何も言わないのだから、これがいつか見た【夢の様なもの】だと気づくのにそう時間はかかっていない。


「兄さん……」


自分が眠りにつく前の、叔父の不安そうな顔が思い出される。

理性では、あのまま睡眠をとらずにいたら、いつか倒れるかもしれないとわかっていた。

だからアレクシには当然、感謝すべきなのだ。

感謝するべき・・なのだが、どうも能力とは別の方面でイマイチ信用できない。

恵一は悶々としながら祭壇へ向かって一歩を踏み出した。


せっかく視ることが出来た夢だ。さっさとこの情景から、可能な限りの情報を得て帰りたい。

岡山と星弐を夢で視た一件から、どうやら自分の力で知れることが少し増えた様だと萌は思っていた。


-だから頭を切り替えろ。もしかしたら既に数日、無駄にしたかもしれない


萌は白大理石の通路を歩いた。

進むたび、両脇に並んで座る人々の顔が視界の隅で流れてゆく。


不思議だった。

違和感があった。


足を止めて振り返る。

そして、居ならぶ大人たちの顔を今度はちゃんと、正面から見据えた。

そうしてみて、違和感の正体に気づく。


-やっぱり。誰も悲しそうじゃない


長い式に、考えることを放棄したみたいな無表情でいる者。

船を漕いでいる者。

痛ましげな表情で俯く者も居るには居るが、萌には何故か、それらが酷く嘘くさく見えた。


だから当然、萌の興味はこれが一体誰の葬式なのかと言うところに向く。


振り返ると祭壇の上で、遺影が蛍光灯の光を照り返して光っていた。


わずかに先ほどより足が早まる。


そうして、最前列までたどり着いた萌が見たのは、遺影を縁取る黒い額の中で寂しそうにこちらを見つめる、市東 桂壱の顔だった。

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