第58話 視える甥 7

***


「そんな顔するなって」


病院に引き返してからのことは結局、無駄足になってしまった。

あれから京平を送り届け、自宅に帰って夕食をとり、ようやく一息ついたところだ。

今、めぐみは風呂に入っていて、リビングには恵一と萌の二人きりだった。

まあ、厳密に言うと萌一人なのだが、室内にはどうにも気まずい空気が流れていた。



元の身体に戻るための方法として唯一思い浮かんだことが全くもって効果なしだったことは恵一にとって残念すぎるほど残念だったが、試すだけ試したので気持ちは次に向いている。


一方萌は、知らぬ間にことが済んでいたことが気に入らないらしい。


「萌、あのときは姉さんと僕だけで正解だったよ。結果ちゃんと帰ったんだから機嫌直せ」


部屋番号を教えてもらった時点で、一旦、萌を連れに車に戻れば、その間に看護師が心変わりしていたかもしれない。

それに多分、めぐみに息子がいると知っていたらあそこまで親切にしてくれなかっただろう。

恵一は帰り際、焦れて迎えにきた萌を見た看護師の、悲壮ひそうな顔を思い出した。


「…わかってる」


(顔と言葉が噛み合ってないよ)


まあ、これも彼なりの心配の表れなのだとわかるから可愛いものだが。

しばらくして、沈黙を破るように風呂から上がったスウェット姿のめぐみがリビングに入ってきた。


「萌まだ起きてたの?」


「ああ」


「ごめんってば。次からはけーちゃんと一緒に行動してもらうから」


「いや、俺もごめん」


「私もごめん。明日のことだけど、さっき山手警察署のリョウマくんのお父さんから連絡があってね、少し話してくる」


「俺も行くよ。どうせ学校は半日だし。兄さんも警察の話聞きたいよね。母さん、良い?」


「わかった。明日学校に連絡入れなさい」


「うん」


「明日からが勝負ね。けーちゃん、萌、頑張るよ!また三人で美味しいご飯食べに行くんだから」


「ありがとう」とか、「心配かけてごめん」とか、姉に向かって伝えたい言葉があるのに本人に届かない。


(この身体、不便だな…)


めぐみの言うように明日からが勝負だった。


「萌、お前も寝てこい」


「『寝てこい』って何言ってんの?兄さんも俺の部屋だよ」


「え、何で?」


いつも遊びに来た時に借りる部屋で休むつもりだったのに。


「『何で』って…何で?」

心底不思議だという顔で萌が言う。

「夜に何かあったらどうすんの?」


「何かってなんだよ」


「俺と違う部屋に居て、夜中に貞子みたいなのに攫われても俺、気づけないよ」


「……お邪魔させていただきます」


「母さんおやすみ」


「二人ともおやすみ!」

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