第57話 視える甥 6
「こちらへどうぞ」
エレベーターに乗り二階で降りる。廊下の照明はついているものの、人の気配はまるで無かった。
天井にくっついたドーム型の監視カメラがチカチカと赤く点滅している。
203号室と言うのは二階の三番目の部屋と言う意味らしく、看護師に案内された部屋は奥まっていた。
「僕はナースセンターに戻ります。短くて申し訳ないですけど、五分したらさっきの道を通って降りてきて下さい。そしたらもう一度声かけて貰えますか?」
流石に中には入って来ないらしい。
何だかどこまでもついてきそうな雰囲気があったので、安心した。
「本当にありがとうございます。必ず守りますから」
礼を言いながら扉を閉めるめぐみの脇を通って、恵一も病室に滑り込む。
看護師を見送っためぐみは恵一を振り返って言った。
「試してみて」
「「言われなくても」」
ベッドに横たわる人物を見下ろすと確かに自分だった。何だか気持ちの悪い感覚だ。
頭にガーゼを当てて白いネットを被っている。加えて、恐ろしく顔色が悪いこと以外は特に変わった所はない。
恵一はとりあえずベッドに腰掛け、横たわる自分と同じ姿勢をとって、自分にかぶさってみた。
けれど、何も起こらない。
(嘘だろ…ダメなのか?)
これ以外に身体に戻る方法が思いつかない。つまり、これがダメなら打つ手がない。
色んな角度から試してみたが全て駄目だ。
五分は短いと思ったが、万策尽きて諦めるには十分すぎるほどだった。
「けーちゃん?」
どうしたものかと
「どうしたの?」
「「え?」」
めぐみの視線を追うように振り返ると、先程まで変化の無かった自分の身体がおかしなことになっていた。
表情は変わっていない。
けれど、閉じられた両目から小さな涙の粒が次々溢れ、頬をつたって落ちて行く。
両ほほに細い筋が残る。
「「はぁ?」」
「戻れたの?どこか痛いの?」
焦った顔で恵一の涙を拭う姉を見つめながら、恵一は動揺していた。
自分の意識は身体の外にある。それなのに何故、泣いているのか……。
気味が悪い。
「けーちゃん、聞こえる?五分たったから戻ろ。もし身体に戻れたんなら早く起きて」
「「戻れてないよ…」」
主人不在で勝手に泣き出す身体とは一体何だ。
自分では何が何やらさっぱりわからず、早く萌に相談したい気持ちになった。それは、今、恵一の姿を見ることが出来ないめぐみも同じようだ。
いや、見えない分その不安は姉の方が大きいかもしれない。
めぐみは横たわる恵一が反応を返さないことを確かめると、足早にナースセンターへと引き返した。
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